2016/03/09
文芸/Book

【書評】アルジャーノンに花束を(ダニエル・キイス) 〜天才へと変貌した男は、世界に何を想うのか〜

日本でも二度のドラマ化、世界的名著『アルジャーノンに花束を』

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『アルジャーノンに花束を』。ダニエル・キイスによって綴られたこの小説をご存知の方は多いのではないでしょうか。小説としての人気もそうですが、その人気がもとで日本でも2002年にユースケ・サンタマリアさん主演、2015年には山下智久さん主演でドラマ化もされています(舞台設定などは日本版としてアレンジされていますが)。実際に見ていた方もいらっしゃることでしょう。

『アルジャーノンに花束を』、そのあらすじ

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32歳になっても幼児の知能しかないパン屋の店員チャーリイ・ゴードン。そんな彼に、夢のような話が舞いこんだ。大学の偉い先生が頭をよくしてくれるというのだ。この申し出にとびついた彼は、白ネズミのアルジャーノンを競争相手に、連日検査を受けることに。やがて手術により、チャーリイは天才に変貌したが…

-Amazon作品ページより引用

 

知的に障害を持っている主人公チャーリイがある実験を通して、他を圧倒する天才をなっていく過程。それだけを聞くともしかするとサクセスストーリーのようにすら聞こえます。しかし彼の変化、そしてそれに伴い抱えた苦悩は、読む者の胸を締め付けます。

文章から伝わるチャーリイの変化

主人公・チャーリイ・ゴードン自身の視点による一人称で書かれており、主に「経過報告」として綴られ、最初の頃は簡単な言葉や単純な視点でのみ、彼の周囲が描かれている。主人公の知能の変化により、文章のスタイルも変化していく。

-Wikipediaより引用

 

小説冒頭の文章は、まるで幼稚園児のような文章(経過報告を『けえかほうこく』と書く)。はっきり言って読みにくくてたまりません。そもそも翻訳でこういった表現を再現されていることがまずすごいですが……それはさておき、チャーリイの文章も、周囲への考察も、感情もどんどん変わっていきます。高い知能を得た彼は一体、何を思ったのか?

高い知能がチャーリイにもたらしたもの

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小説の序盤で、主人公のチャーリイは働いているパン屋で馬鹿にされていました。でも彼は、それに気づいていない。彼にかまってくれる「いい人」たちだと思っていたのです。しかし彼が人並み以上の知性を持ち始めた時、彼は気づくのです。彼らはチャーリイをおもちゃにしていただけだと。頭が常人よりはるかに良くなってしまった彼は、周りの人間の打算的な部分や、残忍な部分を理解できるようになってしまったのです。それはチャーリイにとって、決して喜ばしいことではなかったでしょう。

学ぶ楽しさと、人を愛する気持ち

句読点。はお、もしろ、い!

-『アルジャーノンに花束を』本文より抜粋

 

一方で、彼はその発達した知能を生かして、様々なことを学ぶようになります。毎日図書館に通い知らなかったことを学ぶ日々。それまでは自覚することもなかった異性への愛情も覚えるようになり、彼の毎日はそれまでとは良くも悪くも一変したのです。

なぜ人はこの小説に惹かれるのか


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ここからは筆者の私論にすぎませんが、私はチャーリイが知性を得るにつれて持つようになった様々な感情は、私たちが成長の中で感じるものと同質なのだと思います。人は成長して、周りの人間の考えを理解できるようになっていきます。その中で、嫌な思いをすることは沢山ありますし、裏切られることだってあります。他人は自分が思っていたほどに綺麗なものではないことに気づいていく、それがまさしく『成長』といえるのかもしれません。

でも、ただ私たちは絶望するだけなのでしょうか?違いますよね。
暗く心を閉ざした時には見えないかもしれませんが、周りの人間全てが私たちの敵なわけではありません。もしかしたら家族、もしかしたら友人、人それぞれ自分の中で心を寄せていいと思える人間が側にいることに気づくのです。意外と人生は捨てたものじゃないんだよ、と理解するのではないでしょうか。

 

この小説の後半では、チャーリイは迷い、苦しみ、憎みます。一つには周りの人間を。そして、愚鈍だった自分自身を。しかし彼はその後の体験を通し、考えをどんどん変質させていきます。それが最終的に彼にとってよいものであったのか、彼にとって高い知性を得ることは、果たして本当に幸せだったのか。それはこの本を読んだあなたにも考えてみてほしい、心よりそう思います。

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Amazon作品ページ(ハヤカワ書房)

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