2016/03/26
アートコラム/Column

私説:日本には欧米諸国と同じような形でアートが根付くことは決してない

以前にBS日テレで放送された『久米書店』という番組で、予備校講師でもある茂木誠さんの『ニュースの“なぜ?”は世界史に学べという本が紹介されていました。
私はこの方や著書のことは存じませんでしたが、本のタイトルには大いに共感します。

京都造形芸術大学の通信教育課程で美術史などを学んでいますと、欧米における芸術、特に絵画や彫刻などの分野の社会的評価の高さに驚かされます。
しかしそれも数千年前から宗教、特にキリスト教とそれらが深く結びついてきたことで、聖職者や支配階級のみならず、多くの人々の間に信仰と共に常に身近なものとして感じられて来たことを理解すれば納得できます。
具体的には、キリスト教のさらなる普及のために、文字が読めない人でも聖書の教えの意味が理解できるように、絵画などがその説明として用いられてきた歴史です。

イタリアの市民銀行の写真から、欧米諸国と日本との、芸術作品との距離感の差を実感させられる

Photo credit: Miradortigre via Visual Hunt / CC BY-NC

このことを特に実感する出来事が少し前にありました。
原宿のデザインフェスタギャラリーで、ある故人の写真家のイタリアの建築物の写真展を見た時のことです。それは古代様式の彫刻が陳列された美術館と思われる場所の写真でしたが、キャプションを見ると市民銀行のロビーとあり驚きました。
どう見ても、そこは美術館にしか見えなかったからです。

この写真を見てイタリアの人々にとって芸術作品がどれほど身近なものであるのかを実感せずにおけませんでした
と同時に、それとは程遠い道を歩んできたと思われる日本の芸術との間に、埋めようのない差を感じました。
私はこの差が日本には欧米諸国と同じようにはアートが根付かない決定的な違いだと考えています。

美術教育でアートを欧米諸国並みに普及させようとする試みには無理がある

Photo credit: shawncampbell via Visualhunt / CC BY

近年ますます宗教心が薄れ仏教美術などとも益々疎遠となった現在の日本では、コマーシャルアートを除けば、欧米諸国と比べれば芸術とほとんど無縁といえるような土地に生まれることで、はじめて本格的な芸術に触れるのは学校の美術の時間という状況になって来ているように思えます。
また、このため美術教育に対する期待が弥が上にも高まり、日本(人)にアートがなかなか根付かない原因を、その美術教育の在り方に求める考えが生まれてくるのだとも思います。

ですが私の考えは異なります。
「個体発生は系統発生を繰り返す」という生物学的仮説がありますが、ここまで極端なことはないとしても、人間は個人の努力によって己をどのような存在にも変えることができるわけではなく、かなりの程度その個人が属する文化の影響を受け、さらにその文化も同じようにそれ以前の時代の文化の影響を強く受けている、つまり数世代前の文化でさえ、その個人に目に見えない形で強い影響を与えていると考えています。
言葉を変えれば、生後の人生に影響を与える環境をどんなに変化させたとしても、生まれた瞬間に既に決定されてしまっている「気質」と呼ばれる、親を含めた先祖代々の人々からもたらされる影響を払拭することは決してできないということです。

このため芸術に関する数千年もの関わりの差が、たかだか100年ほどの美術教育のみによって埋められるはずがなく、また伝統的な芸術が大きく廃れてしまった日本では、今からどんなに努力しても決して欧米諸国と同じような状況にはならないと考えています。
それが「歴史や伝統の重み」という言葉に象徴される系統発生の持つ力です。

ですから日本にアートがなかなか普及しない原因を美術教育の現場にばかり求めるのは酷に思えますし、また逆に大野佐紀子さんが『アート・ヒステリー~なんでもかんでもアートな国・ニッポンでかなりのページを割いて指摘しているように、美術教育に無限の可能性を期待するような考えは幻想に過ぎないように思えます。

後者のような美術に関する考えは、人間がタブララサと呼ばれる白紙のようにまっさらな心の状態で生まれるのでしたら信憑性を持つでしょうが、現在の発達心理学では、性格も含めて人間の心は生まれ持った気質とその後の環境からの影響との相互作用により形成されるとの考えが支配的です。
言葉を変えれば、気質の大きな制約を受けるということです。
芸術一家から芸術家が育ちやすいのは、生後の環境の影響ばかりではないのです。

関連記事:
私説:芸術的な自己表現欲求は、誰もが有する普遍的な欲求ではない

アメリカには移民によってもたらされた芸術的「気質」が存在している

Photo via Visual Hunt

また美術教育の必要性に関しては、アメリカの成功例が引き合いに出されることが多いようですが、そのアメリカという国はヨーロッパ諸国からの移民が作り上げた国であることを忘れてはなりません。
つまにそこには移民が持ち込んだ、それぞれの文化の芸術的「資質」が存在しています。

注)ここでの芸術的「資質」とは、芸術家に適した特性のみならず、芸術への関心の持ちやすさのようなものも含んでいます。

つまり芸術に関する系統発生的な力を元々有している国だからこそ、積極的な美術教育が生まれ持った気質と相まって相乗効果をもたらしたとも考えられ、したがってその気質を多分に欠いた日本で同じ様な試みを行ったとしても、同等の効果は期待できないない可能性が高いように思えるのです。

ですから日本に欧米諸国と同じようにアートを根付かせようとする試みには限界があり、同様の目的のためには他の日本にもっと適したモデルを参考にするか、もしくは独自の道を探る必要があると考えています。

日本のアートへの関心は主に自己愛的ニーズによるもの

Photo credit: eliot. via VisualHunt.com / CC BY-NC-SA

もちろん日本にもアート好きの方は少なからずいらっしゃいます。
しかしその方々のアートへの関心は代々芸術一家という方でもない限りは、欧米諸国の人々のように系統発生的な要因によってもたらされたものではないはずです。
なぜなら既述したように、日本にはそのような歴史が存在しないためです。

では系統発生的な要因でなければ何なのか?
それについては大部になりますので次回以降に掲載致しますが、少しだけ前振りさせていただきますと、それは自己愛的なニーズによるものと考えています。

追伸)後から気づいたことですが、今回の内容は現代アートが高値で取引されているようなアートマーケットには当てはまらないような気がします。
と言いますのも、そうした市場では辛美沙さんが『アート・インダストリーでも指摘しているように、国を問わず自己愛的なニーズによって市場が成り立っていると考えられるためです。

関連記事:
辛美沙著「アート・インダストリー 究極のコモディティーを求めて」書評

田尻健二 | thisisgallery | 好きなアーティストが見つかるアート購入・販売サイト

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