2017/11/30
アート/Art

炎の画家 ゴッホ|経歴と代表作品をご紹介

炎の画家 フィンセント・ヴァン・ゴッホ

 

 

世界で、日本で一番有名と言っても過言ではない印象派の画家、フィンセント・ファン・ゴッホ。

壮絶な人生と、絵画に対する情熱から「炎の画家」とも呼ばれています。

 

美術館では、ほぼ毎年ゴッホをテーマにした展覧会が開かれるなど、日本人にも馴染みの深い画家ではないでしょうか。

今回は、天才と称されるゴッホの経歴・生い立ちから死の謎。彼の代表作についてご紹介します。

 

 

 

ゴッホの経歴と生い立ち

 

ゴッホ(フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホ)は、1853年3月30オランダ南部の街ズンデルトで牧師の家に生まれました。

一時は父と同じ聖職者になることを夢見ていましたが、画家への道を決心し、弟テオの経済的支援を受けながら画家としての人生をまっとうしました。

彼が画家として活動した10年のうち、特に活躍し評価された後半の5年間は、大きく以下の年代に分けられます。

 

●1886-87年 

弟テオを頼ってパリに移り、印象派の画家たちと交友を持った パリ時代

 

●1888年 

画家の組合を作ることを夢見て、南フランスのアルルに移りゴーギャンと共同生活を送った アルル時代

 

●1889年 

「耳切り事件」以降、アルル近郊のサン=レミにある療養所に入院しながら絵を書き続けた サン=レミ時代

 

●1890年 

養所を退所してパリ近郊のオーヴェル=シュル=オワーズに移り、死に至るまでの オーヴェル時代

 

 

ゴッホの幼少時代

ゴッホは死産した兄の次に生まれた子供で、家の中では長男にあたります。下にはテオをはじめとする5人の兄弟がいました。

幼少時代のゴッホは、小さい時から癇癪持ちで、両親や家政婦からは兄弟の中でもとりわけ扱いにくい子と見られていた他、一人で遠出してしまう事も多かったと言われています。

 

 

ゴッホ生涯を支えた弟 テオ

 

 

ゴッホの話をする際に、ゴッホに一番近しい人物として必ず登場するのがゴッホの弟、テオドルス・ファン・ゴッホ(Theodorus van Gogh)です。通称テオ(Theo)の愛称で知られています。

彼はオランダ出身の画商として活躍し、兄ゴッホの1番の理解者であり経済的支援者でした。

 

画商の「グーピル商会」に勤め、パリのモンマルトル大通り店の経営をしていたテオ。彼の支援が無ければ、ゴッホは画家になれなかったと言っても過言ではありません。

 

 

もともと病弱でしたが、1890年7月29日にゴッホが死去すると、兄の死をきっかけに徐々に衰弱しオランダに帰国。翌1891年には兄の後を追うようにユトレヒトの精神病院で33歳という若さで死去しました。

 

妻のヨーはテオの死後、画家ヨハン・コーヘン・ホッスハルクと再婚しましたが、ゴッホの死を悼み、ゴッホとテオの2人の間で交わされた書簡を整理し、1914年にオランダ語で書簡集を発刊しました。

また、ゴッホの回顧展を開催し画家としての知名度を現代に到るまで有名なものにしたのは妻ヨーの努力無しでは成し得なかったと言えます。

現在、フィンセントとテオの墓石は隣に並んで眠っています。

 

 

 

ゴッホは統合失調症だった?

 

「狂気の画家」や「耳切り事件」といった言葉に代表されるように、ゴッホは躁鬱や統合失調症だったのではないか?という説があります。しかし、実際の死因については依然として判明しておらず、最近ではてんかん説が主流になっているそうです。

しかし、サン=レミ時代に描かれた作品は、それ以前の作品とは大きく異なり、彼の精神的な動揺を反映するかのように渦巻き蠢くような絵の具の筆致で描かれています。どちらにせよ、てんかん、もしくは統合失調症いずれかの病気がゴッホが天才と呼ばれるきっかけになった事は間違いありません。

 

 

ゴッホは色盲・色弱だった?

ゴッホは実は色弱だった?という説は日本の医学者で詩人でもある浅田一憲が提唱した説です。

まずはこれらのゴッホ作品を見比べてみてください。

 

 

 

 

 

 

 

いかがでしょうか。違いが分かりましたか?
どの絵も上の絵は彩度が強く、下の絵の方が落ち着いた色調になっているのが確認できると思います。

実はこれらの画像は全て、上がゴッホのオリジナル作品。下は色弱の人が見ている色味に変換したゴッホ作品の画像になります。

 

画像から見て分かる通り、色弱の人には現実の色が少し茶色がかったような落ち着いた色に見える傾向があります。こうした色の見え方を根拠に、ゴッホは実は色弱だったのではないか?ゴッホは絵画に革命的な表現を起こそうと色のコントラストが激しい絵を描いたのではなく、元々色弱だったが故に結果的に彩度の高い作品になったのではないか?というのが浅田一憲が提唱したゴッホ色弱説です。

 

真偽のほどは分かりませんが、てんかん、統合失調症などの病気が色弱を併発させていた可能性も0ではありません。

 

 

ゴッホとジャポニスム

 

ゴッホが描いた模写「花魁(溪斎英泉による)」

 

ゴッホの作品を読み解くための重要なキーワードが「ジャポニスム」です。ゴッホは印象派の画家の中でも特に日本の浮世絵からの影響を受けている画家として知られています。

ゴッホにとっての日本はまさしくユートピアでした。貧しい生活の中で、彼は歌川広重をはじめとする500点近くもの浮世絵を収集しています。

ゴッホの浮世絵コレクションを手助けしたのが、パリの画商で働いていた弟のテオです。

ゴッホの特徴である原色に近い色使いや、平面的な構図は全て、浮世絵からの影響と言えるでしょう。そうした影響を踏まえて彼の作品を見てみると、いかにゴッホが浮世絵に傾倒していたかが伺えます。

弟テオや友人に宛てた手紙の中で、ゴッホは日本美術について熱く語っています。

アルルでの滞在生活を始めた頃にテオに送った手紙がこちら。

 

たとえよそより高くつくとしても、南仏にとどまろうというのは-ねえ、そうだろう、みんな日本の絵が好きで、その影響を受けている-これは印象派画家ならみんな同じこと、それなのに日本へ、つまり日本に相当する南仏へ行こうとしないだろうか。

だから、なんといっても未来の芸術はやはり南仏にあると僕は思う。

ただ、二人もしくは三人で助け合って安く暮らせるのに、一人でここに住むのはまずいやり方だ。

君がここでしばらく過ごすといいのだが、そうすれば、このことがよくわかるだろう。

しばらくすると見え方が変わり、もっと日本的な目で見るようになり、色も違った感じがしてくる。また、僕はここに長く滞在することによってまさしく自分の個性が引き出されてくるだろうという確信も持っている。

日本人は素早く、稲妻のように実に素早く素描する。それはその神経がいっそう細やかで、その感情がいっそう素朴だということだ。

 

日本へ行きたくて仕方のないゴッホですが、そんな経済的余裕は無く、浮世絵の色彩に近い風景を備えたアルルの地に趣いたゴッホ。

 

ビングの複製図版のなかで、僕は『一茎の草』と『ナデシコ』の素描、そして北斎がすばらしいと思う。

しかし、人が何と言おうと、平板な色調で彩色された、ごく普通のクレポン(縮緬絵)が僕にとってはリュベンスやヴェロネーゼと同じ理由ですばらしい。

(中略)

日本の芸術を研究すると、紛れもなく賢明で、達観していて、知性の優れた人物に出会う。

彼は何をして時を過ごすのか。地球と月の距離を研究しているのか。

違う。

彼が研究するのはたった一茎の草だ。

しかし、この一茎の草がやがては彼にありとあらゆる植物を、ついで四季を、風景の大きな景

観を、最後に動物、そして人物を素描させることとなる。

彼はそのようにして人生を過ごすが、すべてを描くには人生はあまりに短い。

そう、これこそ--かくも単純で、あたかも己れ自身が花であるかのごとく自然のなかに生きるこれらの日本人がわれわれに教えてくれることこそもうほとんど新しい宗教ではあるまいか。

もっと大いに陽気になり、もっと幸福になり、因襲の世界でのわれわれの教育や仕事に逆らって自分たちを自然へと立ち返らせることをせずに、日本の芸術を研究することはできないように思われる。

 

こちらもテオに宛てた手紙。日本人の優れた自然観察能力について深く分析しています。ゴッホがもし日本にきていたら、彼はどんな風に日本を捉えたでしょうか。

 

 

ゴッホとゴーギャン

 

ゴーギャンによる「ひまわりを描くゴッホの肖像画」

 

1888年、アルルでのゴッホとゴーギャンの共同生活が始まりました。

一緒に街に散策に出ては同じモチーフの作品を多数描き、一見順調そうに見えた同棲生活ですが、次第に2人の関係は緊張するようになります。

 

ヴァンサン(ファン・ゴッホ)と私は概して意見が合うことがほとんどない、ことに絵ではそうだ。

……

彼は私の絵がとても好きなのだが、私が描いていると、いつも、ここも、あそこも、と間違いを見つけ出す。

……

色彩の見地から言うと、彼はモンティセリの絵のような厚塗りのめくらめっぽうをよしとするが、私の方はこねくり回す手法が我慢ならない。

 

ゴーギャンは友人であり画家であるベルナールに宛てた手紙にこう不満を述べています。

また、テオに宛てた手紙の中ででゴッホとの共同生活を止めることを知らせています。

 

いろいろ考えた挙句、私はパリに戻らざるを得ない。

ヴァンサンと私は性分の不一致のため、寄り添って平穏に暮らしていくことは絶対できない。

彼も私も制作のための平穏が必要です。

 

ゴッホもまた、ゴーギャンとの生活について、テオに宛てた手紙でこう述べています。

 

ゴーギャンはこのアルルの仕事場の黄色の家に、とりわけこの僕に嫌気がさしたのだと思う。

 

 

耳切り事件

 

そして、問題の「耳切り事件」が発生しました。

この事件をきっかけにでゴーギャンとの共同生活は終わりを告げます。

ゴッホの「耳切り事件」について、地元紙は、次のように報じました。

 

「ル・フォロム・レピュブリカン」1888年12月30日

先週の日曜日、夜の11時半、オランダ出身のヴァンサン・ヴォーゴーグと称する画家が娼館1号に現れ、ラシェルという女を呼んで、「この品を大事に取っておいてくれ」と言って自分の耳を渡した。

そして姿を消した。この行為――哀れな精神異常者の行為でしかあり得ない――の通報を受けた警察は翌朝この人物の家に行き、ほとんど生きている気配もなくベッドに横たわっている彼を発見した。

この不幸な男は直ちに病院に収容された。

 

 

ゴッホの晩年 サン=レミ時代

 

サン=レミの療養所の一室

 

ゴッホは「耳切り事件」のあと、アルル市立病院に収容されました。

弟テオが看病に駆けつけ、そのあとパリに戻りますが、同じタイミングでゴーギャンも黄色い家を後にし、パリに戻っています。

 

その後容態は改善に向かい、ゴッホはテオ宛の手紙でこう書いています。

あと数日病院にいれば、落ち着いた状態で家に戻れるだろう。

何よりも心配しないでほしい。

ゴーギャンのことだが、僕は彼を怖がらせてしまったのだろうか。

なぜ彼は消息を知らせてこないのか。

 

ゴッホは「耳切り事件」に関する記憶を一切覚えていませんでした。

その後数回、精神病院への入退院を繰り返し、ゴッホはアルルから20キロほど北東にあるサン=レミの療養所に入所します。

 

ゴッホは療養所の一室をアトリエとして使用することを許され、時には外へ出て風景画を制作しました。

「アイリス」「星月夜」「糸杉」などに代表される、ゴッホのうねるような筆致を用いた代表作は、ほとんどこの時代に制作されました。

 

一時は順調な回復を見せたゴッホですが、それ以後何度か発作に襲われるようになります。当時の医師はゴッホの様子についてこう記しています。

 

発作の間、患者は恐ろしい恐怖感にさいなまれ、絵具を飲み込もうとしたり、看護人がランプに注入中の灯油を飲もうとしたりなど、数回にわたって服毒を試みた。

発作のない期間は、患者は全く静穏かつ意識清明であり、熱心に画業に没頭していた。

 

 

ゴッホは自殺?死因の謎

 

ゴッホが滞在したラヴー旅館の一室

 

1890年、ゴッホは医師ポール・ガシェを頼って、パリ近郊のオーヴェル=シュル=オワーズに移り、ラヴー旅館に滞在しました。

滞在の間、ゴッホは「オーヴェルの教会」や「カラスのいる麦畑」といった大作を制作しています。

 

同年7月27日の日曜日の夕方、ラヴー旅館に怪我を負ったファン・ゴッホが帰り着きました。

旅館に駆けつけた医師ガシェは、弾丸が心臓をそれて左の下肋部に達していることから、移送も外科手術も無理と考え、絶対安静で見守ることにしました。

 

翌日、医師ガシェからの手紙を受け取った弟テオは、兄ゴッホの元に急行します。

彼がラヴー旅館に着いた時、ゴッホはまだ意識があり話すことが出来る状態でしたが、翌日午前1時半に死亡しました。37歳という若さでした。

 

テオは、妻ヨーに宛てた手紙にこう記しています。

オーヴェルに着いた時、幸い彼は生きていて、事切れるまで私は彼のそばを離れなかった。

……兄と最期に交わした言葉の一つは、『このまま死んでゆけたらいいのだが』だった。

 

死に至るまでの怪我を追った理由について、ゴッホは自ら自殺を図ったとするのが定説とされていますが、誰もその現場を目撃していない事や、銃創や弾の入射角が不自然な位置にあるといった理由から、様々な異説があります。

1つは、彼と一緒にいた少年達が持っていた銃が暴発し、ファン・ゴッホを誤射してしまったが、彼らをかばうために自殺に見せかけたというもの。

未だに彼の死因について、真実は闇に葬られたままですが、こうした死の謎のまた彼の壮絶な人生を印象付ける要因の1つとなっています。

 

 

ゴッホの代表作品一覧

 

「ファン・ゴッホの椅子」

「ファン・ゴッホの椅子」は、ゴッホがアルル時代に住んでいた黄色い家の部屋に置かれた椅子を描いた作品で、椅子の上に置かれたパイプはゴッホの愛用のものと言われています。

また、この作品は同じくゴッホの描いた「ゴーギャンの肘掛け椅子」という作品と対のものとして制作されており、ゴッホとゴーギャンの共同生活が伺える作品でもあります。

 

制作年
1888年

どこで見られるの?
ナショナル・ギャラリー(イギリス,ロンドン)

 

 

「夜のカフェテラス」

「夜のカフェテラス」は、ゴッホがフランスのアルルに滞在していた時に制作された作品です。ゴッホは広場の角に立ち、イーゼルを立てて絵を描いていたと言われています。

 

絵を完成させたあと、ゴッホは妹にあてた手紙の中で作品についてこう説明しています。

ここ数日間、新しい夜のカフェの戸外の絵を描いていた。
テラスで酒を飲む人々はほとんどいなかった。

店の巨大な黄色のランタンの光がテラスや店の正面、床を照らし、通りの石畳みにまで光が伸びていた。照らされた石畳は紫色とピンク色を帯びていた。

通りに面した家屋の切り妻壁は、星が散りばめられた青い空のもと、緑の木樹とともにダークブルーや紫の色を帯びていた。

今ここに黒のない夜の絵画がある。
美しい青、紫、緑と淡い黄色やレモングリーン色で照らされた広場だけがある。

私は夜のこのスポットで絵を描くのが非常に楽しい。
これまでもたくさん絵を描いており、昼間に描いたドローイングを元に油絵を描いている。

ギ・ド・モーパッサンの小説「ベラミ」の始まりがちょうど、通りに面した照明付きのカフェがあるパリの星月夜の風景のだが、私がちょうど今描いている主題はこれと同じようなものだ。

絵のモデルとなったカフェはアルルのプラス・デュ・フォルムという広場に面した店で、「カフェ・ファン・ゴッホ」の名で現存しています。

 

カフェ・ファン・ゴッホの場所はこちら

アルルにはゴッホがゴーギャンと暮らした黄色い家や、跳ね橋など、絵のモデルになった場所が今も多く残っています。ゴッホの絵の世界を360°体感できるおすすめの観光スポットです。

 

制作年
1888年

どこで見られるの?
クレラー・ミュラー美術館(オランダ)

 

 

「星月夜」

「星月夜」は、ゴッホの最も優れた作品の1つとして評価されており、また世界で最もよく知られている西洋美術絵画の1つで、ゴッホがサン=レミにあるサン=ポール療養院に入院している間、部屋の東向きの窓から見える日の出前の村の風景を描いた作品です。

今朝、太陽が昇る前に私は長い間、窓から非常に大きなモーニングスター以外は何もない村里を見た。

という制作背景が、ゴッホが弟のテオに手紙あてた手紙には記されています。

精神病院の窓から見える風景を元に描かれた作品ですが、実際にこのような風景は存在しておらず、ゴッホの過去の記憶が反映されています。

 

制作年
1889年

どこで見られるの? 
ニューヨーク近代美術館(アメリカ.ニューヨーク)

 

「星月夜」をはじめとするゴッホの作品は「美の巨人たち」でもよく紹介されています。

 

 

「花咲くアーモンドの枝」

「花咲くアーモンドの枝」は、ゴッホがサン=レミ=ド=プロヴァンスの精神病院で療養していた時、弟テオに息子が生まれるという知らせを聞き、子どもの寝室に飾るようにとお祝いのために描いた作品です。

生まれてきた男の子はゴッホと同じく「フィンセント」と名付けられました。

他の作品では荒々しい筆致や色彩が印象的なゴッホの作品ですが、この作品からは優しい筆致で丁寧に花を描いていったことが伺えることからも、弟の息子の誕生を祝う兄ゴッホの気持ちが伝わってくる作品です。

色彩や構図からは、浮世絵の影響も大きく伺えます。

この作品はファン・ゴッホ家の子孫たちによって代々大切に受け継がれ、今も「ファン・ゴッホ美術館」の所蔵作品の1つとして家族を見守っています。

 

制作年
1890年

どこで見られるの?
ファン・ゴッホ美術館(オランダ,アムステルダム)

 

 

「糸杉と星の見える道」

「糸杉と星の見える道」もまた、ゴッホがサン=レミ=ド=プロヴァンスの精神病院で療養していた時に制作した作品です。

ゴッホはこの精神病院から弟にあてた手紙の中で、

いつも糸杉に心惹かれている。

その美しいラインはエジプトのオベリスクのように調和がとれている。

と語っています。また、友人であり同じく画家のゴーギャンにあてた手紙の中で、この作品をゴーギャン作「オリーブ山のキリスト」と同じく、苦悩と不屈をテーマとしたものと説明しています。

まっすぐに天にそびえる糸杉は、ゴッホの孤独や仲間のいない不安を表しているようにも見えます。

 

制作年
1890年

どこで見られるの?
クレラー・ミュラー美術館(オランダ)

 

 

「アイリス」

「アイリス」は、ゴッホがサン=レミ=ド=プロヴァンスの療養所に入所してすぐに描いた作品で、病院の庭に自然に咲いていたアイリスを描いたと言われています。

まだこの作品には、後期の作品に見られる過剰な筆致表現は見られません。

ゴッホはこの頃、絵を描き続けるうちに自身の頭がおかしくなっていると感じ初めており、この作品を「病気の避雷針」と呼んで、アイリスを描いた作品を多く制作しました。

平面的な構図や色彩からは、日本の浮世絵からの影響を色濃く感じることができます。

 

制作年
1889年

どこで見られるの?
ゲティ・センター(アメリカ,ロサンゼルス)

 

 

「薔薇」

「薔薇」は、ゴッホが、サン=レミの精神療養院に入院したあと、退院前の最後の数週間のうちに描いた作品です。

自ら精神の不安定を感じ入院したゴッホですが、回復を実感した喜びが、この絵からは痛々しいほどに伝わってきます。

まるで気が狂ったように働いた。
大きな束になった花々、紫色のアイリス、
大きな薔薇の花束、風景。

ゴッホは弟テオにあてた手紙に、このように記しています。

 

制作年
1890年

どこで見られるの?
ワシントン・ナショナル・ギャラリー(アメリカ,ワシントン)

 

 

「カラスのいる麦畑」

「カラスのいる麦畑」は、ゴッホの最晩年に描かれた作品のひとつです。

聖書の中で「麦刈り」はしばしば人の死の象徴として語られており、ゴッホ自身も死のイメージとして好んで麦畑の主題を描いています。

作品の暗鬱な雰囲気と、晩年に描かれた作品、ということからゴッホの絶筆作と謳われることの多いこの作品ですが、実はこの作品が完成されてから、ゴッホが死ぬまでには25作品ほどの絵が制作されたと言われています。

 

制作年
1890年

どこで見られるの?
ファン・ゴッホ美術館(オランダ,アムステルダム)

 

ファン・ゴッホの寝室

フランス、アルルでゴッホがゴーギャンと暮らした黄色い家の2階を描いた作品で、壁を挟んが隣にはゴーギャンの部屋が隣接していたと推測されます。

同名タイトル・構図の作品は全部で3つあり、一番最初に描かれたのはゴーギャンが黄色い家で暮らす前、1888年の作品で現在はファン・ゴッホ美術館にあり、2番目に描かれた作品は現在シカゴ美術館に所蔵されています。

最後に制作された作品はゴッホが母にあてて送った縮小版の作品で、それぞれ色彩や描き方に違いがあるため、どれが一番優れてた作品かは見る人によって評価が分かれています。

 

ゴッホの部屋に泊まれる?

2016年にシカゴ美術館でゴッホ展が開催されました。
「ファン・ゴッホの寝室」の全3作が一同に返すこの展覧会を記念し、プロモーション企画の1つとして、ゴッホの部屋を再現し泊まれるサービスを展開。

 

宿泊サービス「Airbnb」で貸し出しがスタートしました。

 

細かい置物まで絵の具のタッチが再現されているだけでなく、現代の生活に欠かせない、Wi-Fiやテレビ、エアコン、キッチンにバスルームも完備しています。

そんな手の混んだ部屋ですが、宿泊費はたったの10ドル(1,200円前後)。
前代未聞の企画に予約者が殺到。部屋は即満室となりました。

 

一人で泊まってゴッホの気分になってみたり、ゴーギャンのような間柄の人と泊まっても良いでしょう。良い夢が見られるかは疑問ですが…

 

制作年
1888-1889年

どこで見られるの?
オルセー美術館(フランス,パリ)

 

 

「オーヴェルの教会」

「オーヴェルの教会」は、オルセー美術館に所蔵されているゴッホ作品として世界的にも有名な作品です。

絵にはゴッホが幼少期を過ごした北の風土の特徴が現れています。妹にあてた手紙の中で、ゴッホはこう記しています。

村の教会の、より大きな絵を私は持っている。

建物はスミレ色に染まり、空のシンプルな深い青の色、純粋なコバルト色によく映えている。

窓のステンドグラスは群青色のシミのように見え、屋根は紫色で一部がオレンジ色をしている。

前景には、緑色の植物少々が花開き、砂は、ピンク色の日光を浴びている。

私がニューネンで、古い塔と墓地を描いた習作とほぼ同じ内容で、ただほんの少し色彩豊かで金がかかっているというだけである。

ゴッホにとって、教会は特別なモチーフだったと言われています。牧師の祖父と父を持ちながら自身はは牧師になれなかったゴッホは、絵を描く事で人々の魂を救済しようと志して画家になりました。

膨大な数の教会を描いていたゴッホですが、父の死後は全く描かなくなります。厳しい軋轢がありながらも尊敬してやまなかった父が死んだとき、教会は父との記憶を蘇らせ、正常な気持ちで描けなくなったのでしょう。

 

制作年
1890年

どこで見られるの?
オルセー美術館(フランス,パリ)

 

 

「アルルの跳ね橋」

「アルルの跳ね橋」はゴッホがアルルに滞在していた期間に描かれた作品で、様々な構図で描かれた同一の主題の絵が計5枚現存しています。

モデルとなっているラングロワ橋は、実際に運河にかかっていた橋ですが、現在はコンクリート製のものに架け替えられ、別の場所に「ファン・ゴッホ橋」として再現されています。

 

制作年
1888年

どこで見られるの?
クレラー・ミュラー美術館(オランダ)

 

ファン・ゴッホ橋のある場所

 

 

「ジャガイモを食べる人々」

「ジャガイモを食べる人々」は、ゴッホの画家としてのキャリアでは一番初期に近い年代の代表作品です。オランダのニューネンに住んでいた頃に描かれ、この頃の作品は現在広まっている印象派絵画としてのイメージとはほど遠く、暗い色調で重厚感のある筆のタッチが特徴的です。

この作品についてゴッホは手紙の中で、

ジャガイモを食べる人々がその手で土を掘ったということが伝わるように努めた。

と述べています。

 

制作年
1885年

どこで見られるの?
ファン・ゴッホ美術館(オランダ,アムステルダム)

 

 

「ひまわり」

 

ゴッホは画家人生10年の間に、ひまわりを描いた作品を7枚残し、そのうちの6枚が現像しています。

ファン・ゴッホにとって向日葵は、明るい南フランスの太陽であり、ユートピアの象徴であったと言われています。

 

ロンドン・ナショナル・ギャラリーの「ひまわり」

 

そのうちの一点は日本の東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館(東京)に所蔵されています。

 

東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館の「ひまわり」

 

この作品は、1987年のバブル期に、安田火災海上(現・損害保険ジャパン日本興亜)が3992万1750米ドル(約58億円)で購入しました。

週刊誌などでは贋作説が囁かれていましたが、研究調査によりゴッホの真筆と断定されています。

 

 

ゴッホの「自画像」

ファン・ゴッホは画家人生10年の中で、約37点の自画像を残しました。

パリ時代に描かれた自画像が最も多く残されており、画風の変遷がそこから伺うことができます。

ゴッホは肖像画の習作として、またモデルを雇うお金が無かったために自画像を制作したと言われています。

 

パリ時代の自画像

 

アルル時代には、1889年「耳切り事件」のあとに包帯をした2枚の自画像を残しています。

 

アルル時代の自画像「包帯をしてパイプを咥えた自画像」

 

「耳切り事件」以降に描かれた包帯の自画像を残して、それ以降のサン=レミ=ド=プロヴァンス時代には、すべて左側、耳が切断されていない側から自画像を描くようになります。

 

サン=レミ=ド=プロヴァンス時代の自画像

 

終焉の地オーヴェル=シュル=オワーズでは、ゴッホは自画像を一枚も描きませんでした。

 

 

ゴッホの作品はどこで見られる?

 

ゴッホの作品がある日本の美術館 MAP

 

「雪原で薪を集める人々」

山形美術館 [山形県]

 

 

「座る農婦」

諸橋近代美術館 [福島県]

 

 

「サン=レミの道」

笠間日動美術館 [茨城県]

 

 

「モンマルトルの風車」

ブリヂストン美術館 [東京]

 

 

「薔薇」

国立西洋美術館 [東京]

 

 

 

「ひまわり」

東郷青児記念 損保ジャパン 日本興亜美術館 [東京]

 

 

「医者ガシェの肖像」(エッチング)

横浜美術館 [神奈川県]

 

 

「アザミの花」

ポーラ美術館 [神奈川]

 

 

「一日の終わり」

メナード美術館 [愛知県]

 

 

「耕す人」

和泉市久保惣記念美術館 [大阪府]

 

 

「ドービニーの庭」

ひろしま美術館 [広島県]

 

 

「農婦」

ウッドワン美術館 [広島県]

 

 

ゴッホの作品がある海外の美術館 MAP

 

ファン・ゴッホ美術館 [オランダ.アムステルダム]

「ジャガイモを食べる人々」
「カラスのいる麦畑」
「花咲くアーモンドの木の枝」
「黄色い家」
「ファン・ゴッホの寝室」
「灰色のフェルト帽子をかぶった自画像」 その他

 

クレラー・ミュラー美術館 [オランダ,ヘルダーラント]

「夜のカフェテラス」
「糸杉と星の見える道」

 

ニューヨーク近代美術館 [アメリカ,ニューヨーク]

「星月夜」

 

J・ポール・ゲティ美術館 [アメリカ,カリフォルニア]

「アイリス」

 

オルセー美術館 [フランス,パリ]

「自画像」
「ローヌ川の星月夜」
「オーヴェルの教会」

 

ロダン美術館 [フランス,パリ]

「タンギー爺さん」

 

 

落札予想価格は6億!仏オークションに出品

 


ソース

 

フィンセント・ファン・ゴッホの油彩画が2018年6月4日〜5日にフランスで開催されるオークションに出品されることになり、パリの競売会社で公開されました。

ゴッホの作品がフランスのオークションに出品されるのは20年ぶり。

今回オークションに出品される「砂丘で網を修理する女性たち(Women Mending Nets in the Dunes)」はゴッホの初期の作品で、ハーグ近郊のスヘベニンゲンで制作されたと言われています。

落札予想価格は500万ユーロ(約6億6000万円)。

ゴッホ作品のこれまでの作品の最高落札価格は1990年に落札された「医師ガシェの肖像」の8250万ドル(約88億円)です。

ゴッホの絵画が競売にかけられる機会は近年特に稀になっており、今回のオークションでも高額での落札が予想されます。

 

 

ゴッホの「贋作」

 

 

ゴッホのカタログ・レゾネが出版された当時から、そのうちの約30作品ほどが真偽が疑われる作品として指摘されていました。

特に「自画像」「ひまわり」に関する作品について、真偽が確かでないものが多く、オスロ国立美術館が所蔵している「耳を切った自画像」と、ナショナル・ギャラリー・オブ・ビクトリアの所蔵している「フェルト帽をかぶった自画像」についてはほぼ贋作であると断定されています。

 

 

ゴッホをテーマにした映画

 

「世界で一番ゴッホを描いた男」

 

2018年10月20日から放送される映画「世界で一番ゴッホを描いた男」。

この映画の主人公は、複製画制作が産業として確立し、世界市場の約6割を生産している中国・深圳近郊の大芬にある「油画村」に出稼ぎでやってきた画家チャオ・シャオヨン。

独学でゴッホの複製画10万点以上を家族と共に描いてきたチャオ・シャオヨンが「本物のゴッホの絵を見る」という夢を叶えるためにオランダ・アムステルダムを訪れるまでを追ったドキュメンタリーです。

 

 

 

 

「ゴッホ最後の手紙」

 

「ゴッホ 最期の手紙」は、全編が動く油絵で彩られた新しい映像技術を駆使したゴッホ映画です。

ゴッホの死の謎を追求するのは郵便配達の青年、アルマン。

ゴッホが遺した手紙を手がかりに、アルルからパリ、最期の時を過ごしたオーヴェールへと、ゴッホの最期の真相を知る人物を訪ねる旅が始まります。

本編の1秒は、12枚の油絵を撮影した高解像度写真によって構成されており、キャスト陣の名演と、それを元に描かれた62,450枚で成り立っています。

まるでゴッホの絵の中に入ったかのような、全編オールゴッホ作品の映画。ゴッホの絵で埋め尽くされた画面から1秒も目が離せません。

ゴッホの不可解な死の真相は果たして明らかになるのか。
映像技術だけでなくストーリー構成も素晴らしい映画となっています。

 

詳細はこちら
「ゴッホ 最期の手紙」公式サイト

 

ゴッホの関連本

 

ゴッホの人物像・作品についてもっと知りたい人におすすめの本はこちら。

 

「Kadokawa Art Selectionゴッホ 日本の夢に懸けた芸術家 」

価格¥885(税込)

 

ゴッホの入門書ともいうべき本。
ゴッホの経歴だけでなく、代表作品の写真も大きく掲載されています。ゴッホとテオが交わした手紙や、絵が描かれた背景やゴッホの心情を知ることのできる一冊です。

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「ファン・ゴッホの手紙【新装版】」

価格¥5,832(税込)

 

ゴッホが書いた手紙の多くは伏字や省略されたものが多く、つい私たちに都合の良い画家像を思い浮かべがちですが、この本にはゴッホが手紙に綴った文章が全て掲載されていて、私たちのまだ知らないゴッホの新しい面を知ることができます。感情的に綴られたゴッホの手紙を読みながら、作品が描かれる背景についてより深く知ることのできる本です。

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「テオ―もうひとりのゴッホ」

価格¥3,024(税込)

 

画家ゴッホを支えた弟のファン・ゴッホ・テオ。「テオ無くしてゴッホは生まれていなかった」とも言われる、もう一人のゴッホに焦点を当てた本著。

98通もの未公開書簡を掲載。弟テオの画商としての生涯に光を当てた伝記です。

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アート初心者さんにも絵と文でわかりやすい!おすすめの漫画・絵本はこちら。

 

「さよならソルシエ」(全二巻)

価格¥463(税込)

 

ゴッホを影で支えた弟、テオを主人公にした漫画です。
史実とは異なるストーリーや容姿ですが、「2014年 このマンガがすごい!(女偏)」で1位にランクインするなど、単純に漫画として楽しめる作品です。

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「ぼくはフィンセント・ファン・ゴッホ」

価格¥1,994(税込)

 

ゴッホの画家人生10年を子供にもわかりやすく親しめる絵本。

大人からも「ゴッホの人生についての新しい発見があった!」「感動した」など高評価を得ています。

アート初心者さんや、親子で作品への理解を深めるにはぴったりの本です。

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ゴッホの画集おすすめはこちら。

 

「ゴッホ原寸美術館 100% Van Gogh! (100% ART MUSEUM)」

価格¥3,024(税込)

 

「ジャガイモを食べる人々」「アルルの跳ね橋」「夜のカフェ・テラス」「ひまわり」「星月夜」「糸杉」といったゴッホの代表作を原寸大で掲載した画集。

大迫力の作品画像だけでなく、年代別の「自画像」や「肖像画」の変貌を辿る解説、「ジャポニスム」との関わり、技法の変遷といったゴッホの絵画にまつわる深い解説が載っているので、入門書としてもおすすめの一冊です。

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もっと知りたいゴッホ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

価格¥1,728(税込)

 

日本で出版されたゴッホの画集・入門書として最も定評のある本著。

日本のゴッホ研究で最も権威のある圀府寺司氏が執筆しています。

アート初心者にもわかりやすく、全編カラーで各作品の画像も綺麗なので、ゴッホについて知りたい人にはまずこの本をおすすめします。

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ゴッホのおすすめグッズ

 

カレンダー

価格¥2,282(税込)

 

月ごとにゴッホの絵を楽しめるカレンダー。ゴッホ好きにはデザインと実用性を兼ね備えた商品ですね。

使い終わった後も絵だけ切り取って飾ったりと、様々な用途で楽しむことができます。

商品の詳細はこちら

 

 

ポスター

価格¥4,200(税込)

 

ゴッホ作「ロレーヌ川の星月夜」をポスターにした商品。

グラックのモダンな額が絵の世界観をひき立て、現代の部屋にもマッチします。

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腕時計

世界18本限定モデル ¥ 25,100,000

 

スイスの高級機械式時計メーカー Jaeger-LeCoultre (ジャガー・ルクルト) から、18本限定で販売されたゴッホの絵をモチーフにした腕時計です。

お値段はなんと¥ 25,100,000。簡単に手の届く値段ではありませんが、こうした形でゴッホの作品を見ると、その芸術性の高さが伺えます。

商品の詳細はこちら

 

 

価格¥2,160(税込)

 

ゴッホの絵がプリントされた傘。「星月夜」といったメジャーな作品から、「アイリス」「アーモンドの木の枝」など、女性らしい清楚な印象の作品で、力強い存在感と女性らしさは放ってくれるアイテムです。

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iphoneケース

価格¥1,280(税込)

 

こちらはゴッホの絵がiphoneケースになった商品。

絵の具のテクスチャーまでもがリアルに再現されています。

絵のバリエーションも豊富なので、iphoneをアートでかっこ良く見せたい人はぜひ活用してみてください。

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ポストカード

価格¥1,480(税込)

 

美術館のお土産としてもメジャーなポストカード。本物の絵を見て気に入った作品があると、つい家にも欲しくなって買ってしまうアイテムですよね。

こちらはゴッホの作品がプリントされた30枚のポストカードセット。もっとたくさんゴッホの作品を楽しみたい人におすすめのグッズです。

商品の詳細はこちら

 

 

パズル

価格¥2,992(税込)

 

ゴッホの絵がジグソーパズルで登場!完成後は額に入れてインテリアとして楽しめるほか、絵のバリエーションも豊富です。

ゴッホの絵の魅力を感じながら1ピースずつ完成を目指しましょう。

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Tシャツ

価格¥3,132(税込)

 

「夜のカフェテラス」がプリントされたレディースTシャツ。

鮮やかな色彩が目を引きますね。夏から冬まで年中愛用できそうなカラーです。

商品の詳細はこちら

 

 

トートバッグ

価格¥1,250

 

ゴッホの「夜のカフェテラス」がプリントされたトートバッグ。

どんなシーンでも無理なく使えそうなデザインが魅力的です。

このバッグを片手に美術館に遊びに行きたいですね。

商品の詳細はこちら

 

 

ヴィトン「MASTERS コレクション」
byジェフ・クーンズ

価格¥299,800(税込)

 

現代アーティスト、ジェフ・クーンズのプロデュース商品「MASTERS コレクション」。

レオナルド・ダ・ヴィンチやゴッホの作品を全面にプリントしながら、ポップな印象に仕上げたとても可愛らしいシリーズです。

カジュアルにアートを持ち歩ける理想のアイテムですね。

商品の詳細を見る

 

 

塗り絵

価格¥3,024(税込)

 

これさえあれば誰でもゴッホになれる!ひみつ道具です。どこまで本物に近づけられるか挑戦しても楽しいですし、全く違うカラーで新しい作品を生み出しても面白いですね。

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ぬいぐるみ

価格¥4,384(税込)

 

ゴッホにそっくり?かどうかは不明ですが、ゴッホと言われればそう見えなくもないぬいぐるみ。頑固そうな顔が特徴的ですね。まだ耳が付いている頃のゴッホです。

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ゴッホのゆかりの地を巡るツアー

 

 

アルル、モンマルトル、パリといったゴッホゆかりの地を巡るのに便利なツアーをご紹介します。

ゴッホが描いた南仏の暑い日差しや、ゴッホが住んでいた街の空気、終焉の地オーヴェル=シュル=オワーズまでを巡る旅に出れば、言葉で語る必要もなく、彼も目にしたであろう光景から人生の一端が見えてくることでしょう。

 

フィンセント・ファン・ゴッホの軌跡を訪れる。 9日間

ゴッホの生涯と作品をたどる旅 南仏~パリ~アムステルダム 11日間

 

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

今回は、炎の画家ゴッホについて詳しくご紹介しました。

「耳切り事件」と言った話題から、狂気の画家としてのイメージが強いゴッホですが、実在の彼はどんな人物だったのでしょうか。

調べれば調べるほど謎が深まります。

 

ゴッホについてもっと知りたい!という方は、関連書籍や映画、ゴッホが訪れた場所などから、ぜひゴッホが絵に込めた思いや人物像を探ってみてくださいね。

 

 

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