佐藤晃一

Koichi Sato     
1944年-2016年
https://media.thisisgallery.com/wp-content/uploads/2019/01/koichisato.jpg
国籍
日本
ジャンル
アーティスト解説
佐藤晃一は、世界的に高く評価された日本のグラフィックデザイナーです。その作風は「超東洋的」とも評される、自在な色彩と形の独自表現でした。東京芸術大学美術学部工芸科ビジュアルデザイン専攻を卒業し、資生堂宣伝部に入社。入社2年後の1971年に独立します。佐藤が仕事を始めた1970年代は、ベトナム戦争を経ての「ラブ&ピース」、ロックミュージックやパンク、サイケデリックなど、若者文化が隆盛した時代でした。女性ファッション誌「an・an」「non・no」が創刊されたのもこの時期です。若者文化の盛り上がりの中、佐藤は日本的なポップアートの可能性を探ることから出発し、独自のグラフィックの世界を築き上げていきました。初期の実験的な作品を経て、そのキャリアの中期には箱のモチーフやグラデーションなど、夜明け間近の色彩と光の中に事象が茫と浮かび上がるような、独自の境地を開拓していきます。やがて晩年には、俳句とグラフィックデザインを融合させた「俳グラ」という世界に到達しました。グラフィックデザイナーの仕事のもうひとつの側面は、印刷会社との協業だということです。自らのデザイン意図を紙面に再現するには、印刷技術やインク、色指定や校正などの知識が不可欠です。そしてそれは、印刷ディレクターやオペレーターとの、いわば二人三脚の仕事なのです。佐藤の仕事には、印刷を熟知した熟練のデザイナーならではの軌跡がうかがえます。2013年にはグラフィックデザインと印刷表現の可能性を追求する企画「グラフィックトライアル2013」に参加、蛍光インキとオフセット印刷による表現実験を行った記録も残っています。
経歴

    1944年 群馬県高崎市に生まれる。

    1969年 東京芸術大学卒業、資生堂に入社。

    1970年 毎日広告デザイン賞特選を受賞。

    1971年 資生堂を退社、独立。

    1982年 東京芸術大学非常勤講師に就任。

    1988年 ニューヨーク近代美術館のポスターコンペで1席に選ばれる。

    1991年 「グラフィックデザインにおける日本的精神性」により毎日デザイン賞を受賞。江戸東京博物館シンボルマークコンペ一席。第3回世界ポスタートリエンナーレトヤマ銅賞。

    1995年 多摩美術大学教授に就任。

    1998年 芸術選奨新人賞(美術部門)を受賞。

    2015年 多摩美術大学教授を退任、名誉教授となる。

    2016年 逝去。