横尾忠則

Tadanori Yokoo        
1936年-
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国籍
日本
 
アーティスト解説
横尾忠則は、日本で最も有名なグラフィックデザイナーのひとり。アートとデザインの境界を揺さぶるような挑戦的な仕事で、国内をはじめ世界各国のクリエイティブ層に刺激を与え続ける存在です。1960年代の革新的なポスター作品群で知られていますが、70年代、80年代の数々のアルバムジャケットデザインでも有名です。横尾が日本ポップカルチャーの最上位に昇り詰めるきっかけとなったのは、1965年に東京・銀座の松屋で開催されたグループ展「ペルソナ」です。出展ポスター「Made in Japan, Tadanori Yokoo, Having Reached Climax at the Age of 29, I Was Dead」の、帝国主義や経済成長に対する皮肉な政治的メッセージ、グロテスクな暴力描写、作品内へ登場する横尾自身の姿などに、人々は驚愕しました。戦後の創成期から先行者たちが作り上げてきたグラフィックデザインとは、ヨーロッパのモダニズムの流れを継承し、クライアントの目的を視覚化するための理論的な構成に基づくもので、横尾の制作したような高い抽象性を持つ自己表現は、想定外だったからです。横尾の作品は、80年代に隆盛するポストモダンの先行的存在とも言える画期的なものでした。レコードジャケットでも横尾は、60年代70年代の高倉健、藤淳子、浅丘ルリ子などを皮切りに、海外アーティストのサンタナ、マイルス・デイビス、細野晴臣、冨田勲など、斬新なデザインを手掛けます。サイケデリックな色彩や衝撃的なコラージュ、神秘主義的なモチーフやイメージによって、内面世界・精神世界へ踏み込んでいくようなアートワークを見せました。三島由紀夫を敬愛し、その自決に大きな衝撃を受け、後の作品にそのイメージが色濃く投影されていると言われます。そのほか、ピカソに衝撃を受けての画家としての仕事や、音楽・文学・ファッションなど他ジャンルの作家とのコラボレーションなど、多岐に渡り展開しています。
経歴

    1936年 兵庫県西脇市に生まれる。

    1955年 西脇市織物祭のポスターが1等入選。加古川の成文堂印刷所に入社。

    1956年 神戸新聞社へ入社。

    1957年 灘本唯人らのデザイングループ「NON」に参加。

    1958年 第8回日宣美展で奨励賞を受賞。会員に推挙される。

    1959年 大阪のナショナル宣伝研究社に入社。

    1962年 大和証券DMのイラストでADC賞銀賞受賞。

    1972年 第4回ワルシャワ国際ポスター・ビエンナーレ展でユネスコ賞受賞。第5回ブルーノ国際グラフィックデザイン・ビエンナーレ展で特別賞受賞。

    1974年 第9回東京国際版画ビエンナーレ展で兵庫県立近代美術館賞受賞。第5回ワルシャワ国際ポスター・ビエンナーレ展で金賞受賞。第6回ブルーノ国際グラフィックデザイン・ビエンナーレ展で銀賞受賞。

    1982年 南天子画廊でペインティングの近作をまとめた個展。「画家宣言」ととらえられ、この後画家としての活動が活発になっていく。

    1989年 第4回バングラデッシュ・アジア・アート・ビエンナーレ展名誉賞受賞。

    2000年 ニューヨークADC名誉の殿堂入り。

    2001年 紫綬褒章受章。

    2002年 多摩美術大学大学院教授に就任(2004年まで)。第20回ブルーノ・グラフィックデザイン・ビエンナーレ2002でICOGRADA特別賞受賞。

    2004年 紺綬褒章受章。多摩美術大学大学院客員教授(博士課程)に就任。ニューヨークADC賞銀賞受賞。第3回ニンボ国際ポスター・ビエンナーレ2004審査員賞を受賞。

    2008年 初の小説集「ぶるうらんど」で泉鏡花文学賞受賞。

    2010年 神戸芸術工科大学大学院客員教授に就任。

    2011年 旭日小綬章受章。

    2012年 「常に時代と共振する斬新なグラフィックデザイン・絵画の制作」により2011年度朝日賞受賞。

    2013年 西脇市名誉市民称号受章。豊島横尾館開館。

    2015年 高松宮殿下記念世界文化賞絵画部門受賞。