アルヴァ・アアルト
Alvar Aalto
1898年-1976年
国籍
フィンランド
アーティスト解説
アルヴァ・アアルトは、フィンランドが生んだ20世紀を代表する世界的な建築家、デザイナーです。その活動は建築から家具、ガラス食器などの日用品のデザイン、絵画まで多岐にわたり、北欧の近代建築家としてもっとも影響力があった人物のひとりです。北欧モダニズムの第一人者でもありました。国際的な建築家として知られる出世作となったのは、1928年に行なわれたコンペで一等を獲得したパイミオのサナトリウムです。この作品をきっかけに、北欧ではモダニズム建築が台頭し、アアルトは同時期にCIAM(近代建築国際会議)の終身会員に選ばれ、ヴァルター・グロピウス、ル・コルビュジエらと知り合い、人間的な近代建築を生み出すことに生涯を費やしました。アアルトの作品の特徴は、木材の使用とゆるやかな波を描く曲線です。1935年に竣工したヴィープリの図書館では、波形にうねる曲線を持つ木製の天井によって、フィンランドの伝統的な素材である木材とモダニズム空間を両立させたとして高く評価されました。以後、ゆるやかな曲線はアアルト作品に頻繁に用いられることになります。1937年のパリ博覧会に出品して世界的に有名になったアアルト・ベースは、その曲線をガラス器に再現したものです。また、アアルトは家具にもモダニズムを導入し、彼のデザインした「アームチェア41パイミオ」や「スツール60」は、近代家具の展開に画期的な役割を果たしました。現在、アアルトと妻アイノがデザインしたガラス食器はイッタラ社が、アアルトがデザインした家具はアルテック社が製作販売を手掛け、世界中で愛されています。晩年は数々の都市計画に携わり、その力を国土全域へと発揮しました。
経歴
1898年 フィンランドに生まれる。
1916年 ヘルシンキ工科大学にてアルマス・リンドグレンに建築を学ぶ。
1922年 アルヴィート・ビヤルケの事務所で働く。
1923年 自身の建築設計事務所を開設。
1928年 パイミオのサナトリウムがコンペで一等を獲得、建築家として国際的に知られることとなる。CIAM(近代建築国際会議)の終身会員に選ばれる。
1932年 「アームチェア 41 パイミオ」を制作。
1933年 「スツール 60」を制作。
1935年 ヴィープリの図書館が竣工。波形にうねる曲線による木製の天井が、アールト独自のモダニズムを進めるきっかけとなる。
1937年 ガラス器「アールト・ベース」をパリ博覧会に出品、世界的に有名になる。
1939年 この頃から「ピル・コラ地区計画」「サユナットサロ島の建設計画」など数々の都市計画に携わる。
1946年 マサチューセッツ工科大学客員教授に就任、MIT寄宿舎、ベーカーハウスの設計を行う。
1949年 文教都市オタニエミ設計コンペティションに当選。都市設計の他オタニエミ工科大学のキャンパス計画と建物を手がける。
1953年 ウィーン「スポーツと文化センター」建築設計競技入選。
1963年 フィンランド・アカデミー会長に就任、1968年まで務める。
1976年 ヘルシンキにて逝去。