磯崎新

Arata Isozaki        
1931年-
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国籍
日本
 
アーティスト解説
磯崎新は、戦後日本の近代建築を担った丹下健三の門下で活躍し、早くから建築のみならず思想、美術、デザイン、映画などの国際的な舞台で活躍してきた人物です。評論著述のほか、様々なコンペの審査員やビエンナーレ等のコミッショナーを務めることで、日本や世界の革新的な建築家たちの発想を実現に導く大きな役割を果たしてきました。日本を代表するとともに、世界の建築界で最も信頼されている建築家のひとりでもあります。キャリアの初期、1960年代には、師・丹下健三の「東京計画1960」でオフィス街を担当し、都市の構造とシステム、再構築と再編成に強い関心を抱きます。1970年代には純粋な幾何学的形態の建築への展開を追求し、1980年代にはポスト・モダニズムの流れとシンクロしつつ、過去の歴史的な建築を現代の設計に引用することを試みます。この時期の作品が、西洋建築の断片を折衷的にちりばめて話題となった「つくばセンタービル」や、西洋的な黄金分割と東洋的な分割システムを取り込んだ「ロサンゼルス現代美術館」などです。1990年に完成した「水戸芸術館」は、それまで磯崎が試みてきた手法を統合した、ひとつの到達点です。各施設は歴史的な建築要素を引用しつつ幾何学的に構成され、塔はテクノロジーを表現しています。その後も「奈義町現代美術館」「なら100年会館」「チーム・ディズニー・ワールド」など、常に新しいスタイルに挑み、変化し続けています。磯崎の作品においては、建築と廃墟、現実と虚構、形を与えて全体を制御する建築とそれを解体し増殖するネットワークが、激しく葛藤し、衝突します。革新的に前に進み続ける磯崎建築の魅力は、その衝突のダイナミズムから生まれるのかもしれません。
経歴

    1931年 大分県に生まれる。

    1954年 東京大学工学部建築学科を卒業。

    1960年 丹下健三研究室で黒川紀章らとともに「東京計画1960」に関わる。

    1961年 東京大学数物系大学院建築学博士課程を修了。

    1963年 丹下健三研究室(都市建築設計研究所)を退所、磯崎新アトリエを設立。

    1967年 初期の代表作「大分県立大分図書館」で日本建築学会賞作品賞受賞。

    1968年 株式会社環境計画代表取締役に就任。

    1969年 芸術選奨新人賞(美術部門)受賞。

    1970年 大阪万博のお祭り広場を丹下健三と共同で手がける。

    1975年 「群馬県立近代美術館」で日本建築学会賞作品賞受賞。

    1983年 つくばセンタービル竣工。ポストモダン建築の旗手と目される。

    1986年 王立英国建築家協会(RIBA)より、RIBAゴールドメダル受賞。

    1988年 朝日賞受賞。

    1996年 ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展にて日本館コミッショナーを務める。日本館展示「亀裂」でヴェネツィア・ビエンナーレ建築展金獅子賞受賞。

    2017年 日本芸術院会員に選ばれる。