フランク・ロイド・ライト

Frank Lloyd Wright        
1867年-1959年
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国籍
アメリカ
 
アーティスト解説
フランク・ロイド・ライトはアメリカを代表する建築家で、ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエと共に「近代建築の三大巨匠」と呼ばれます。20世紀のアメリカにおける建築の実践と理論の進化、モダニズム建築の発展に、大きな影響を与えた人物です。ライトの建築の大きな特徴は「自然と建築との融合」です。彼は住まいや暮らしに自然に学ぶ姿勢を持ち込み、「有機的建築」という建築理念を提唱しました。建築物を太陽の方向に向けて設計して採光と自然な暖気を図り、また現地の建材を活用し、廃材を減らすために大量生産材の規格に基づいて設計を行っていたといいます。これらは、現代のサステナビリティや環境配慮型建物の先駆的存在と捉えられています。ライトの提唱したもうひとつの大きな概念が「ユーソニアン・ハウス」です。ライトは美しい家と質の高い建築を誰の手にも届くものにしたいと考えました。それを実現したのが、工業化・規格化された低価格住宅「ユーソニアン・ハウス」です。典型的なユーソニアン・ハウスは当時の価格で5,000ドル、現在の日本の貨幣価値に直すと約950万円だったと言います。ライトの建築は、民主化の理想を反映した非常にアメリカらしいアプローチだったのです。素晴らしい業績を打ち立てたライトでしたが、プライベートでは40代の初めに不倫による駆け落ち事件を起こし、30年近くも不遇の時を過ごしました。しかし1930年代後半に入って代表作「カウフマン邸」(落水荘)「ジョンソンワックス社」を相次いで世に送り出し、再び建築史の表舞台に返り咲きます。最晩年の名作に、ニューヨークの「グッゲンハイム美術館」があります。日本へは不遇の時代に帝国ホテル新館設計のために来訪。しかし予算や工期で経営陣と衝突し、完成を見ることなく離日しました。ホテルの建設は弟子の遠藤新が引き継ぎ、1923年に竣工しています。
経歴

    1867年 ウィスコンシン州に牧師の子として生まれる。

    -----年 ウィスコンシン大学マディソン校土木科を中途退学、ジョセフ・ライマン・シルスビー事務所、アドラー=サリヴァン事務所などで実績を積む。

    1893年 独立して事務所を構える。

    1904年 チェニー邸を設計。

    1906年 ロビー邸を設計、プレイリースタイルの代表作となる。

    1909年 チェニー夫人とヨーロッパへ駆け落ち。

    1911年 アメリカ帰国。仕事が激減する。

    1913年 帝国ホテル新館設計のために訪日。

    1936年 カウフマン邸(落水荘)設計。ジェイコブス邸を設計、万人向けにより安価でより良い住宅を提供する「ユーソニアン・ハウス」の建設方式をスタートさせる。

    1941年 RIBAゴールドメダル獲得。

    1949年 AIAゴールドメダル獲得。

    1959年 逝去。