葛飾北斎

Hokusai Katsushika        
1760年-1849年
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国籍
日本
 
アーティスト解説
葛飾北斎は日本の浮世絵師です。その魅力的な生涯や、70年にも及ぶ画業が残した多彩な作品は、今日ますます高い評価を得、偉大な巨匠として世界から注目されています。北斎は19歳で勝川春章の門に入り、浮世絵だけでなく狩野派・土佐派・西洋画法など、様々な種類の絵画を学びました。その後、勝川派とはまったく異なる琳派の一門である宗理派を学び、この宗理派を離れた後は、自己で研鑽を重ねます。これらの経験が、北斎の多彩な画風を生んだと考えられます。北斎の豊富な発想は、画面構成などにも発揮されます。東西に長い街道を迷路のようにくねらせて1枚の図の中に構成したり、大胆な画面構成と臨場感あふれる墨の表現で、読本の内容を臨場感ある挿絵にしたり、絵手本の分野では、アニメーションのような連続性を持たせたページ構成も試みています。代表作「冨嶽三十六景」シリーズをはじめとする晩年の錦絵作品では、単なる景観描写や生活描写に留まらない、対象物の多様な側面や変化にも注目して描いています。北斎の絵は生前から外国で知られており、特に1867年のパリ万国博覧会を皮切りにヨーロッパでジャポニスムの流行が起こってから、より広範に知れ渡ることとなりました。その大胆な構図や明るい色彩はヨーロッパの芸術家たちに大きな影響を与え、印象派が誕生するきっかけとなっています。北斎に影響を受けた画家で特に有名なのは、ビンセント・ヴァン・ゴッホやエドガー・ドガなど。そのほか、アール・ヌーヴォーを代表するガラス工芸家のエミール・ガレは「北斎漫画」の鯉を図案に取り入れた花瓶を世に送り出し、音楽家のクロード・ドビュッシーは「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」に発想を得て、交響詩「海」を作曲したとされています。戯画や川柳でもそのユーモアを発揮した北斎は、「人魂で/行く気散じや/夏野原」の句を残し、1849年、90歳の生涯を閉じました。
経歴

    1760年  武蔵国葛飾郡本所割下水(現・東京都墨田区の一角)に生まれる。

    1764年 貸本屋の丁稚、木版彫刻師の従弟などを経て、画道を志す。

    1778年 浮世絵師・勝川春章の門下となる。

    1779年 役者絵「瀬川菊之丞 正宗娘おれん」で絵師としてデビュー。

    1794年 勝川派を破門される。

    1802年 狂歌絵本「画本東都遊」刊行開始。

    1805年 「葛飾北斎」の号を用いる。

    1814年 「北斎漫画」の初編を発刊。

    1833年 「富嶽三十六景」の初版完結。

    1834年 「富嶽百景」を手がける。

    1849年 江戸・浅草聖天町にある遍照院境内の仮宅で逝去。享年90。

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