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ヴァージル・アブロー逝去、ストリートファッションブランド「OFF-WHITE」創設者が残した功績

ルイ・ヴィトン、メンズウェア部門でアフリカ系アメリカ人として初のアーティスティックディレクターに就任し、ラグジュアリーストリートブランド「OFF-WHITE」の創設者としても知られるファッションデザイナー、ヴァージル・アブロー。

 

彼は2年前から発癌していた心臓血管肉腫により、2021年11月28日にシカゴで逝去しました。

享年41歳という短い生涯を終えたアブローの訃報に全世界のファンが哀悼の意を表しました。

当時まだ白人至上主義が強く残っていたファッション業界に旋風をもたらしたヴァージル・アブロー。

彼の特殊な経歴と、後世に残した功績について詳しくご紹介します。

 

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建築学科卒という異例の経歴

イリノイ州のガーナ系の両親の下に生まれたアブロー。

ハイブランドデザイナーのほとんどが一流のファッション学校を卒業している中、彼はなんと大学で建築学科土木工学を専攻していました。

ある日、大学のキャンパス内にあった建築家レム・コールハース設計の建物を見て、建築の構造をファッションに応用しようと思いついたことがきっかけで、次第にファッション業界に目を向けるようになります。

 

建築を学びながらTシャツを制作し、スクリーンプリントでデザインを施したラルフ・ローレンのデッドストックの服を、元値の10倍以上の価格で販売した経験を持つアブローは当時から才能に溢れていました。

 

カニエ・ウエストのクリエイティブ・ディレクターに就任

大学院卒業後、アブローはイタリアのローマに移住し、LVMHグループの「FENDI」でインターンを経験します。

そこでラッパーのカニエ・ウェストに才能を見出され、2人はコラボレーションを開始。

2012年には、カニエ・ウエストのクリエイティブ・エージェンシー「Donda」のクリエイティブ・ディレクターに就任します。

カニエ・ウエストの隣には常にヴァージル・アブローがいるといわれるほど、互いを信頼し活動する二人。

アブローはカニエ・ウエストの右腕となり、クリエイティブ・ディレクターを10年間務めました。

 

PYREX VISION -パイレックスヴィジョン

アブローは2012年に「Pyrex Vision」(パイレックスヴィジョン)という動画プロジェクトを始動しました。

YouTubeに動画をアップするや否や、パリのセレクトショップColetteのサラ・アンデルマンから、「このビデオに写っている服は買えるの?」というメッセージが届き、商品化が決定。Pyrex Visionは正式にブランド化することに。

ナンバリングや絵画モチーフなどが特徴的なデザインは、アブローがその後手がけた数々のブランドにそのDNAが受け継がれています。

 

ラグジュアリーストリートブランド「OFF-WHITE」を創設

アブローは2014年に自身のラグジュアリーストリートブランド「OFF-WHITE」(オフ-ホワイト)を設立しました。

ラグジュアリーストリートをテーマにしたこのブランドは、一部のセレクトショップでしか取り扱われず、発売と同時に完売になるほどの人気ブランドへと成長。

アブローは「ラグジュアリーストリート」という新ジャンルを作ったデザイナーとして、アパレル業界で圧倒的な存在感を放つ人物へと成長していきます。

 

OFF-WHITEは力強いグラフィックデザインが印象的でジェンダーレスなストリートアイテムが充実しており、製品はすべてイタリアで作られました。

建築の構造を取り入れているところもアブローのデザインの大きな特徴です。

 

OFF-WHITEのデビューコレクションは、イタリアの画家・カラヴァッジョとバウハウスを取り入れたデザインで、ドイツのモダニズム建築家、ミース・ファン・デル・ローエがイリノイ州に設計したファンズワース邸をメインテーマとしていました。

 

アブローはデザインの中に、黄色のバリケードテープのモチーフを頻繁に取り入れ、不変的なテーマと同時に新鮮さを失わないファッションを生み出しました。

OFF-WHITEの人気に火がつくと、ストリートファッションそれ自体が大きな社会現象となり、グッチなど老舗メゾンブランドもストリートウェアを制作するようになりました。

かつては若者のものと見做されていたストリートファッションの多くが、今では高級品として広く認識されるようになったのです。

2021年には、親会社であるLVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンが、OFF-WHITEの株式の過半数を購入すると発表しました。

 

ルイ・ヴィトン-メンズウェア部門のアーティスティックディレクターに就任

2018年、ルイ・ヴィトンはメンズウェアコレクションのアーティスティックディレクターにアブローを起用しました。

ルイ・ヴィトンのCEOマイケル・バークは、ストリートファッションをメインストリームに押し上げたOFF-WHITEと、アブローの圧倒的な創造性に感銘を受けたと言います。

かつてFENDIの最高経営者だったバークは、アブローがFENDIでインターンをしていた頃から彼の才能に一目置いていました。

彼はルイ・ヴィトンがより広い年齢層のファンを獲得する上でも、ストリート性をデザインに取り入れることが必要だと考えていました。

バークはアブローの起用について、

伝統を重んじながらTシャツさえもラグジュアリーにしてしまうアブローの新しい価値観、洗練された感性、破壊的なアプローチ方法に魅せられた。

と語っています。

アブローの起用は、ラグジュアリーブランドがまだ崩しきれなかった人種の壁が崩壊していくことを予感させ、ファッション業界にとっても大きな変革期となりました。

 

“多様性”をテーマにした革新的なショー演出

アブローがルイ・ヴィトンで初めて手がけたショーは、レインボーカラーに塗られたランウェイの上を様々な人種のモデルが歩き、パンフレットにはモデルの国名がそれぞれ記載されるという、それまでのショーを覆す演出でした。

多様化のメッセージが至る所に込められた、アブローの渾身のショーでした。

 

自身のアイデンティティを取り入れたデザイン

「伝統的なラグシュアリーコードに自身の進歩的な価値観を吹き込むこと」をモットーにしているアブローは、自身のルーツであるガーナ共和国、そしてアフリカ芸術をデザインにも取り込んでいます。

ガーナとエチオピアの国旗の色、ガーナの染織物、細身で鮮やかな色の組み合わせのスーツスタイルなどがあります。

 

アフリカ系のモデルを広告写真に起用

アフリカの子どもがルイ・ヴィトンのセーターを着て、ブランドのバッグで遊ぶ姿を写した広告写真も当時大きな話題となりました。

それまで白人モデルが殆どだったファッション広告を活用し、アブローは積極的に人種差別などの社会問題を表現しました。

 

NIKEなど有名ブランドとのコラボを実現

「オリジナルのデザインに3%の変化を加えるだけで新品同様になる」というマルセル・デュシャンの考えに基づいて、自身のファッション帝国を築いたアブロー。

彼は数々のブランドとコラボレーションを実現させたことでも知られています。

即日完売になったNIKEとのコラボレーションに始まり、ストリートブランドと初のコラボレーションとなったMONCLER(モンクレール)、ハイブランドのJimmy Choo(ジミーチュウ)、アクセサリーブランドのChrome Hearts(クロムハーツ)、家具のIKEA(イケア)、スーツケースのRIMOWA(リモワ)など、アパレル以外にも様々なコラボレーションを次々と成功させてきました。

 

MONCLERとのコラボレーションでは、従来のイメージを踏襲しつつも新しいスタイルを提示し、モンクレールの知名度を更に広めるきっかけになりました。

黄色のバリケードテープをモチーフにしたデザインはモンクレールのブランドイメージを一新し、ストリートの要素とテクニカルの要素を掛け合わせた唯一無二のコラボレーションとなりました。

 

アパレル以外のフィールドでも活躍

アブローはアパレル以外にも創作活動の幅を広げていました。

DJ、ラジオ番組のパーソナリティを務める他、家具の共同制作や結婚式のプロデュース、テニス選手セリーナ・ウィリアムズの全米オープンでの衣装提供など、その活動は多岐にわたります。

アブローのように様々な肩書きをたくさん持つ人物をslasher(スラッシャー)と言います。プロフィール上にスラッシュマーク「/」がたくさん必要であることからそう名付けられました。

 

アーティストとのコラボレーション

アブローは、コンセプチュアル・アーティストのジェニー・ホルツァーとしばしばチームを組み、2017年には移民とその文化を支援するためのアパレルラインをデザインしました。

同年にはジェニー・ホルツァーと共同でTシャツも制作しています。

 

ホルツァーの他にも頻繁に彼とコラボレーションを行っていたのが、日本の現代アーティスト、村上隆です。

アブローは村上隆のギャラリー「カイカイキキ」で展示を行った後、2018年にはパリのガゴシアンギャラリーで村上隆とのコラボ作品を発表しました。

 

シカゴ現代美術館で個展を開催

2019年には、シカゴ現代美術館でアート、ファッション、音楽を融合させたアブローの個展が開催されました。

この個展はシカゴ現代美術館で過去に開催された展示の中で3番目に人気のある展示となり、アトランタのハイ・ミュージアム・オブ・アート、ボストン現代美術館、ブルックリン美術館にも巡回しました。

 

この個展はアブローの生い立ちや、彼がファッション業界で感じた居心地の悪さ、社会的トップ層における黒人の少なさをテーマに構成されており、このテーマは彼が手がけるデザインにも顕在していました。

アメリカにおける奴隷労働の歴史に言及したファインアート作品や、ファッションショーで使用した〈You’re Obviously in the Wrong Place(君、明らかに場違いだよ)〉というネオンサインなど、アブローが構造的な人種差別に抱く不快感を表した作品が多く展示されました。

アブローはよく「私がすることはすべて、17歳の自分のために行なっていることなんだ」と語っており、彼はアートが次世代にインスピレーションを与える力があると心から信じていました。

 

人種差別、社会問題への取り組み

アブローはファッションデザイナーとして成功した後、社会的活動も果敢に行っています。

2020年にはファッションを学ぶ黒人学生を支援するため「Virgil Abloh “Post-Modern” 奨学金基金」を設立。

奨学金総額100万ドル(約1億700万円)を集めました。

設立に際し、彼は以下のコメントを残しています。

1人の黒人男性として、自分がハイブランドの世界で直面した人種差別への問題提起を今まで明らかにしてきた。

教えを説くというよりも、手本となって先導し、未来の世代のために扉の鍵を開けたいと願っている。

世界には様々な人種が存在するが、多様性に富んでいるとは言い難い状況だった。

ファッション業界で活躍する黒人を増やすために、黒人学生に特化した財団を設立することが重要だ。

 

白人至上主義のファッション業界、そして社会を変えたアブロー

ストリートファッションの境界を広げ、自ら手本となり人種などの様々な壁を超え、あらゆる業界に影響を与えたアブロー。

2018年にルイ・ヴィトンでの初のショーを終わらせた後、彼はランウェイで涙を流し、自身のインスタグラムで「君にもできるよ」と投稿しました。

彼は自分の技術で業界に貢献し、他者のために扉を開き、アートやデザインにおける平等性を高めるための道筋を作るという使命感を原動力としていました。

41歳という早すぎる生涯を終えてしまいましたが、彼の残したメッセージが新たな世代へ受け継がれてゆくことを願います。

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