【2021年】世界のアートニュースを振り返り!アート業界の動向を詳しく解説
パンデミックの影響により、オークションをはじめとする以前の販売システムが維持できなくなってしまった2020年。
「このままでは生き残れない」という強い危機感から、大きな変革を迫られたアート業界全体は、2021年に大きな変化を遂げることとなりました。
特に大きな変化があったのは美術館です。
欧州の美術館の中には、保守的なシステムに変革を求める風潮を乗り切ったところもあれば、トップに立つ指導者を多様化し、未来に向けた変革を成功させたところもあります。
一方アジアでは、パンデミックによる長い遅れを経て、新しい美術館が次々とオープン。国際的なアートシーンでの新たな地位を確立しました。
アーティストたちは差し迫った問題を世界中で議論する方法を模索し、彼らの表現方法とプラットフォームはさらに多様化していきました。
アートマーケットにおいては、2020年は開催が見送られたアートフェアやアートオークションなどのイベントが復活。
売り上げがコロナ前の売上高を追い越し、現代アート部門は記録的な売上高を出すなど、アートマーケットはかつてない熱気を帯びています。
それでは、2021年に最も印象的だったアートニュースを振り返ってみましょう。今年アート業界を賑わせた10のニュースを詳しくご紹介します。
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1.対面でのアートオークションがついに復活
パンデミックの影響で2年近く中止を余儀なくされたアートフェアとアートオークションが、対面式での開催を再開しました。
200年以上の歴史を持つ世界三大オークションハウス「クリスティーズ」「サザビーズ」「フィリップス」は、ニューヨーク、ヨーロッパ、香港のオークションルームに観客を呼び戻し、いずれも大成功を収めました。
2021年11月に開催されたサザビーズのオークションには、何百人もの観客が集まり、約776億円という驚異的な売上げを記録。パンデミックが始まって以来、これほど活発な入札が行われたことはありません。
現代アートの認知度と価値が近年特に高まり、コレクターの注目が集まっている証拠です。
アートフェア、イベントに残された課題
一方で、アートフェアなどのイベントはオークションのように容易には事が運びませんでした。
この秋、世界最大のアートフェアである「アートバーゼル」がスイスの街バーゼルで復活。ニューヨークの大規模な近代美術の展覧会「アーモリー・ショー」も再開しました。
しかし、混雑緩和のための時間指定入場やヨーロッパでのコロナウイルス関連の規制もあり、会場には例年より控えめで落ち着いたムードが漂っていました。
オミクロン株の流行など世界的にパンデミック状態が戻りつつある現在、今後もアートイベントの開催には多くの課題が残されています。
2.ユネスコがパルテノン大理石の返還をイギリスに勧告
2021年10月、パリで開催されたユネスコ諮問委員会は、ロンドンの大英博物館が所蔵する「パルテノン大理石」の所有権をイギリス政府に再検討するよう勧告しました。
これは、歴史上最も長く続いた返還論争の一つです。
オスマントルコによるギリシャ占領下の1801年、イギリスがアテネのパルテノン神殿から大理石を不法な手段で奪い取りました。
ギリシャ政府はこれを略奪事件であると主張し続けてきましたが、それに対しイギリス政府は、大理石がイギリスに到着するまでの経緯調査を拒否してきました。
この問題はこれまで無期限に延長されてきましたが、今回のユネスコ勧告によって「パルテノン大理石」がギリシャへ返還される日も近いと予想されます。
3.サムスン前会長・李健煕氏のコレクションが韓国の美術館へ
韓国を代表する財閥サムソングループのオーナーで2020年10月に病死した李健煕(イ・ゴンヒ)会長。
彼が残した約2兆円を超える個人資産の60%以上が韓国政府に還元されることになり、国宝14件を含む美術品からなる「イ・ゴンヒ会長コレクション」約2万点以上が寄付されました。
韓国では過去最大規模となり、「世紀の寄贈」とも言われるイ・ゴンヒ会長のコレクション。
ルノワール、ゴーギャン、ピサロなど西洋の作品が目立つコレクションですが、韓国における抽象絵画の先駆者、金煥基(キム・ファンギ、1913~1974)をはじめとする、歴代の韓国人アーティストの作品も多数含まれています。
コレクションの主軸をなす韓国近代期の名作美術品、19世紀末~20世紀初めの西洋美術品1千点余りがソウル国立現代美術館に寄贈。
絵画、彫刻品、陶磁器などの国宝を含めた文化財数十点と、古美術コレクション数百点余りがソウル国立中央博物館に寄贈されました。
イ・ゴンヒ会長コレクションの寄贈により、この2館は世界屈指のコレクションを持つ美術館と博物館へとアップデートされました。
4.アメリカの美術館理事会で黒人女性が活躍
2020年に世界的な運動へと発展した、黒人に対する暴力や構造的な人種差別の撤廃を訴える「ブラック・リブス・マター」(Black Lives Matter、略称「BLM」)。
この運動により、アメリカ国内の美術館理事会に黒人女性が選出される動きが高まりました。
2021年4月、デニス・ガードナーは、長年評議員を務めてきたシカゴ美術館の次期理事長に選出され、大きな話題を呼びました。
2021年11月に就任した彼女は、女性として初めて、またアフリカ系アメリカ人としても初めて同美術館を率いることになったのです。
ガードナーの就任後、美術館の理事会に関するニュースがアメリカでは相次ぎました。
シカゴ美術館に追従する形で、9月にはミネアポリスのウォーカー・アート・センターの会長にシーナ・ホッジスが、ブラントン美術館の会長にスザンヌ・マクフェイデンが、そしてシアトル美術館の会長にコンスタンス・ライスがそれぞれ就任したのです。
彼女ら黒人女性の起用は、多様化する価値観、社会をリードするアクションとして高く評価されています。
国際的にもこの動きは進んでおり、アート業界全体で多様化の流れが今後さらに加速していくと予想されます。
5.ルーヴル美術館に史上初の女性館長が就任
世界の主要美術館のほとんどが白人男性によって運営されていることはこれまで暗黙の了解となっていましたが、アメリカの美術館で黒人女性の起用が進むと同時に、ヨーロッパにも変化の波が訪れました。
2021年、ルーヴル美術館がローレンス・デ・カーズを次期館長に指名し、ルーヴルの228年の歴史において初の女性館長が就任することになったのです。
デ・カーズは、2017年からオルセー美術館、2014年からオランジュリー美術館を率いてきた人物。
オルセー美術館では、西洋絵画の巨匠が描いた黒人にスポットを当てた展覧会「ブラック・モデル」などが話題を呼び、デ・カーズはそこで立て続けに挑発的な展覧会をリードしてきました。
彼女のリーダーとしての評価は高く、今までの功績が今回の就任に至りました。
彼女の就任は、これまで変革的な動きが無く、保守的と思われてきたルーブル美術館にとって、大きな前進を意味するものになります。
アート業界全体の性別構成を見ていくと、アーティストには圧倒的に女性が多い一方で、理事会や館長などトップに立つ人間は圧倒的に男性が多いのがセオリーでした。
今後の美術館業界で、女性の活躍がさらに広がっていくことが予想されます。
6.香港に待望の美術館「M+」がオープン
10年以上の構想を経て今年11月香港にオープンし、アジアで1番ホットな話題となった美術館、その名も「M+」(エムプラス)。
所蔵作品のクオリティと、中国政府との関係によるアクシデントで世界からの注目を集めました。
合計1万7000平米の展示スペースに、中国美術品コレクターのウリ・シグの寄贈からなる1,400点の作品も含め、世界的なアート作品を所有するこの美術館は、規模、コレクションともにニューヨーク近代美術館(MOMA)、ロンドンのテート・モダン、パリのポンピドゥー・センターにほぼ匹敵するものです。
スイスの建築事務所、ヘルツォーク&ド・ムーロンが設計した逆T字型の建物には、M+のサインが全面LEDモニターによって映し出され、香港の新しいランドマークになりました。
一方で、中国政府との関係により「政治的問題を扱う作品を展示できるのか」という問題があり、中国の現代アーティスト、アイ・ウェイウェイの写真はそのために展示がキャンセルされ、議論を呼びました。
アートシーンの中心地、香港を代表する美術館となった「M+」。この美術館の動きに今後も世界の期待と注目が集まりそうです。
7.アート界に旋風を巻き起こしたNFTアート
2020年、パンデミックで人々が自宅にこもっている間、世界では仮想通貨のビットコインとイーサリアムの価値が急上昇しました。
アート業界で新たな旋風を巻き起こしているのが、「ノン・ファンジブル・トークン」(non-fungible token)その名も「NFT」(エヌ・エフ・ティー)です。
NFTは2010年代から存在していたものの、最近までそれが何であるかを本当に知っていたのは少数のブロックチェーン愛好家だけでした。
しかし、暗号通貨の価格が高騰した後、NFTによるデジタルアート作品の取引が加速。
デジタルアーティストのビープルが「The First 5000 Days」(2021年)を販売し、その衝撃は全世界を驚かせました。
世界三大オークション、クリスティーズでこの作品は約75億円で落札され、世界中がNFTの価値に注目することとなりました。
デジタルアーティストにとって、この革命はまさに夢のような出来事です。
NFTはブロックチェーン技術により、完全なコピーを作り出すことが不可能であり、オリジナルであることがデータ上で証明されます。デジタル以外の作品を制作する現代アーティストもその魅力をすぐに理解し、著名な現代アーティストの多くがNFT作品の出品に乗り出しています。
しかし、すべての人が一様に喜んでいるわけではありません。
批評家たちは、NFTアートのほとんどは質の高いアート作品ではなく、詐欺や盗難も少なくないと主張しています。
10億ドル規模のこの業界はまだ黎明期であり、今後どのように発展していくかを見守っていきたいところです。
8.クリスト構想の「凱旋門ラッピング」が実現
歴史的な建造物を布で覆い隠す、大がかりなアートプロジェクト作品で有名なアーティスト夫婦の故クリストとジャンヌ=クロード。
彼ら夫婦の長年の夢だった「布で包まれたパリの凱旋門」が実現し、2021年9月に一般公開されました。
パリの凱旋門は、フランスのナポレオン・ボナパルトが軍事的勝利を讃え、その勝利をもたらした将軍や国家元首、軍隊が凱旋式を行う記念として建造された門です。
その後も第一次世界大戦で命を落とした無名兵士たちの記念碑となるなど、フランス国民にとって特別な歴史的モニュメントとなっています。
フランスの栄光の象徴を布で覆い隠すことは、今まさに我々が感じている脱植民地化の世界を示唆しています。
まるでミイラになったような凱旋門の姿は、価値観の大きな転換期である時代の流れを感じさせます。
クリストによる1961年の構想から約60年を経て、彼が亡くなった翌年ようやく実現に至りました。
9.メトロポリタン美術館が「サックラー」の名前を壁から撤去
アメリカ国内で多くの犠牲者を出している鎮痛剤「オピオイド」(opioid)。
乱用による健康被害が深刻な問題となり、アメリカ社会は近年オピオイド危機に直面しました。
「オピオイド」(opioid)
末期がん患者向けなどの強力鎮痛剤として使用されていた麻薬性鎮痛薬。
頭痛や腰痛など、軽度かつ慢性的な痛みの緩和に用いられるようになると急速に普及し、数年後には年間売り上げが約1100億円を超えるようになった。
このマーケティング戦略の先陣をきったのが、アメリカの富豪サックラー一族が経営する製薬会社パーデュー・ファーマ社。
しかし、「オピオイド」は非常に依存性が高く、2016年の統計によると210万人がこれらの薬を乱用。それによる死亡者は4万2千人にのぼる。
現在、オピオイドを含む麻薬の過剰摂取は、アメリカ国内の50歳以下の死因トップとなっている。
この元凶をつくった製薬会社を経営しているのが、美術館などへの慈善事業で知られる保有資産約1兆4,000億円のサックラー家。
サックラー家は、中毒性を十分に認識しながら販売していたとして告発されました。
一族は不正行為を否定しており、約5,000億円の支払いによってこの危機に決着をつけ、鎮痛剤を販売していたパーデュー・ファーマ社も解散し破産申請をしました。
サックラ一家は、世界各地の美術館・博物館・大学などに巨額の寄付を行う慈善事業で知られており、「サックラー」の名が冠された建物や展示室は世界各地に存在します。
オピオイド危機を巧みに隠すために、慈善事業ファミリーとして社会的ステータスの向上に努めてきたのです。
近年になって多くの美術館・博物館がサックラー家からの寄付の受け取りを中止し、一家と絶縁すると発表しました。
ワシントンD.C.のスミソニアン博物館は、これまでサックラー家の名を冠していたギャラリー「Arthur M. Sackler Gallery and the Freer Gallery」の名称を変更し、新たに「National Museum of Asian Art」と名づけました。
パリのルーヴル美術館は建物からサックラー家の名前を消し去り、グレーのマスキングテープで見えなくしました。
ロンドンのテート・ギャラリー、アメリカ自然史博物館、グッゲンハイム美術館も資金の受け取りを拒否すると宣言しました。
そして2021年12月、過去半世紀にわたってサックラー家から数百万ドルの寄付を受け取ってきたニューヨークのメトロポリタン美術館も遂に一家と絶縁し、あらゆる展示スペースからサックラー家の名前を消すことを発表しました。
その中には美術館の中で最も人の出入りが激しい「デンドゥール神殿」が展示されているギャラリースペースも含まれています。
鎮痛剤で財を成した一族のアメリカンドリーム、美術館への寄付が最上級の社会的ステータスになっているアメリカ社会、慢性的な資金不足に悩む文化芸術業界を巡る一連のストーリー。
美術館のような公共性の高い機関に、非人道的に手にした利益が長年寄付されてきたことの是非について関心が集まっており、美術館その他の文化団体に対し、その資金の出所について責任を問う動きが強まっています。
その対象は、サックラー家以外にも、武器商人や石油会社などが含まれます。
美術館・博物館の経営に対し、根底からの見直し・精査を要求する動きは今後さらに高まっていくでしょう。
10.ドイツがナイジェリアにベナンのブロンズ像数百点の返還を開始
ヨーロッパ諸国は18〜19世紀に行った植民地支配によって、アジアやアフリカ諸国から大量の美術品などを略奪し、自国に持ち帰りました。
それらの美術品は、自国の所有物としてイギリスの大英博物館などで展示されていますが、ここ数年、植民地時代の真の終わりを告げるものとして、略奪された元の国へ美術品を返還する動きが活発になっています。
今年最も注目されたのは、ドイツがナイジェリアに美術品を返還する声明を出したというニュースです。
ドイツの自発的な声明により、アメリカや他のヨーロッパ諸国がそれに追随する動きも示しました。
ナイジェリアのベナン青銅器は、イギリス軍によって1897年に略奪され、現在はイギリス、アメリカ、ドイツなど数カ国が所有物として展示しています。
2021年4月、ベルリンに開館したドイツ版大英博物館とも言われる博物館「フンボルト・フォーラム」は、ベナン青銅器を展示しないと発表。
ドイツ政府もその宣言に追随する形で「ナイジェリアのベナンに建設中の「エド西アフリカ美術館」の開館時には、ベナン青銅器の一部を返還し、その後もナイジェリアに全面返還を画策している」という声明を出しました。
世界中の美術館・博物館がこの声明に耳を傾け始め、アメリカのメトロポリタン美術館やスミソニアンアフリカ美術館は、ドイツの発表から数ヵ月後にベナン青銅器の一部を返還しました。
ドイツの宣言は、植民地時代の真の終わりを告げるものとなり、植民地支配を受けた多くの国々が、返還の可能性に希望を持ち始めました。
終わりに
2021年、印象的なアートニュース・ベスト10いかがでしたでしょうか。
アート業界だけを取って見ても、世界がより新しい価値観と多様化を求め、劇的に変わり始めていることが分かります。
古い価値観やシステムを維持してきた機関や美術館も、新たなシステムに追随しなければ生き残れない時代がやってきました。
社会の変化により、アート業界もそれに呼応するように著しく変容していくのでしょう。
2022年はどのようなアーティストやアート作品が出現し、新しい媒体やプラットフォームが登場するのか、そして、それらが世界をどのように驚かせて心を楽しませてくれるのか、これからのアート業界の動向も楽しみです。
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