2020/04/27

アーティストピカソ   
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ピカソはなぜ天才なの?代表作・人生について徹底解説!

鮮烈な個性で人々に衝撃を与え続けてきた20世紀最大の画家」パブロ・ピカソ
彼は近代美術を語る上では欠くことのできない人物です。生涯で
14万点を超える作品を残すと同時に、現代美術に通じる新たな様式を生み出しました。ピカソの時代ごとに変化する作風は、新しい表現への貪欲さ、そして自身の心情が大きく影響しています。

今回は、ピカソの経歴や代表作をを中心に、作品にインスピレーションを与えた女性たちの存在を交えて徹底解説します。

 

ピカソの生い立ち

パブロ・ピカソは、1881年にスペインのマラガで生まれました。

美術教師であった父親に幼少期より絵画を学び、早くから才能を発揮しました。1900年に親元を離れ、1901年には「青の時代」が始まります。1904年にパリに腰を据えてからは、画家としての活動をより本格化させていきました。1905年に「バラ色の時代」が始まり、1907年には「キュビズム」を創出。1917年は、古代ローマやルネサンスの古典様式、そして最初の妻オルガ・コクローヴァの影響から古典的な絵画制作を始め、1925年には芸術運動「シュルレアリスム」の作品を発表します。1937年、混沌とした戦時中に『ゲロニカ』などの象徴的な作品を制作し、反戦や抵抗のシンボルとして評価されました。戦争が終わった1946年以降は、2番目の妻ジャクリーヌ・ロックとともに南フランスに移住し、晩年はひとつの様式にとらわれない自由な絵画を数多く制作します。

1973年、肺水腫により自宅でその生涯を閉じました。91歳でした。

ピカソの経歴と代表作

初期

ピカソは、幼い頃から父親を通じてドローイングや油彩画を学び、すぐに才能を開花させていきました。

ピカソの優れた能力を確信した父親は、伝統的な美術様式を教えるなど徹底的な指導をしたそうです。ピカソが13歳の頃、父親はピカソの能力が自身を超えたと感じ、以後は絵画制作をやめたというエピソードがあります。1890年、15歳のピカソは『科学と慈愛』をコンクールに出品し、審査員を驚かせるほど高い技術を身に着けていました。

科学と慈愛

1897年、ピカソがコンクール用に描いた初期の代表作です。

父親の指導のもと「生と死」をテーマに制作。結果的に金賞を受賞し、この作品はピカソの神童ぶりを示しました。ピカソは亡くなるまでこの作品を手放さなかったそうです。

 

青の時代

陰鬱な作風の絵画が描かれた青春期をピカソの「青の時代」と呼びます。

ピカソは1900年から親元を離れ、同じく画家で親友のカサヘマスやパリャーレスらとともに初めてパリを訪れました。ところが1901年にカサヘマスの死を経験し、その悲しい出来事をきっかけに、生と死、そして貧困といった主題に打ち込むようになりました。

この時代の作品は、ピカソの孤独と不安を内包しています。明るくあたたかな色が消え、青く暗い色に覆われた作品が数多く制作されました。

老いたギター弾き

1903年から1904年にかけて制作された作品です。

細くやつれ、貧しい身なりをした老人が、スペインのバルセロナでギターを弾いている様子が描かれています。当時、貧困生活を送りながらも絵を描き続けた、ピカソの心情が投影された作品と言われています。

人生(ラ・ヴィ)

1903年に描かれた作品です。この作品は「青の時代」の集大成であり傑作とみなされています。

作品の左側の男女は、親友のカサヘマスとその恋人ジェルメールで、2人に起きた悲劇が描かれました。カサヘマスの死はジュメールとの失恋が原因でした。

 

バラ色の時代

1904年、ピカソはパリの「洗濯船」と呼ばれる建物にアトリエを構え、恋人フェルナンド・オリヴィエと同棲を始めました。この頃から徐々に赤い色調を取り入れた作品が増えていったことから「バラ色の時代」と称されています。

この時代の作品は、彼女の裸婦画や身近な人物の肖像画のほか、俳優やサーカスの芸人たちをモデルとして数多く描かれています。「青の時代」とは対照的に、ピカソの心の安定と平安を見ることができる時代です。

玉乗りの曲芸師

1905年に制作された「バラ色時代」を象徴する作品のひとつです。

メインに描かれている2人の性別や体形、ポーズを見ると対照的であることが分かります。また、球体や立方体のの対比にも、ピカソの造形への関心が現れています。

パイプを持つ少年

1905年に制作された作品です。左手にパイプを持ち、頭に花冠を付けたパリの少年が描かれています。

ピカソはこの作品に長い時間を費やして詳細なポーズを決めました。また、当初は花冠はありませんでしたが、最終的に花冠を描き足して作品を完成させています。

 

キュビズムの時代

1907年頃には、ピカソの画家としての生活に安定の兆しが見え始めました。

しかし、ピカソは新しい表現方法を模索し続けます。この時代は、ピカソにとっては挑戦の時代でした。伝統的な遠近法を用いずに、三次元の事物を表現する手法を探求。ピカソはジョルジュ・ブラックとともに、複数の視点から対象を把握し画面に再構成する「キュビズム」を創出しました。

当時「キュビズム」は美術界から受け入れられませんでしたが、周囲への影響は大きく、多くの追随者を生みました。

アビニョンの娘たち

キュビズム最初の作品で、現代美術の出発点と言えます。

1907年、スペインのバルセロナにある娼窟を題材に描かれました。この作品はアフリカやアメリカの原始的な絵画や彫刻に影響を受けています。そのため、娼婦の顔はイベリア彫刻やアフリカ彫刻のように描かれました。

当初は多くの批判を受けた作品ですが、ピカソは自ら「悪魔ばらいの絵」と表現し、この作品を逆風に立ち向かうための呪術的存在としていたそうです。

素人闘牛士

1912年に制作された作品です。

台形や三角形、そして円形など、幾何学的図形のようにモチーフを徹底的に分解し再構築していることが見て取れます。造形を強調する単色的な色使いも特徴的です。

 

新古典主義時代

1917年、ピカソはロシアバレエ団の衣装や舞台デザインを依頼され、ローマを訪れました。その際、古代ローマやルネサンスの古典様式に強い感銘を受けます。

また、バレエ団を通じて知り合った妻のオルガ・コクローヴァを描くにあたり、新しい表現を模索しました。ピカソは、それまでの「キュビズム」とは対称的に、人物や生物をデフォルメすることなく写実的に描くなど、古典的な作品を残しています。この時代、ピカソはどっしりとした量感のある女性像を好んで描いていました。

海辺を走る二人の女

ピカソは、1945年に南フランスのアンディーブを拠点としました。

ピカソはそこで「キュビスム」の静物画を描く一方、海辺の女たちを題材とした作品も手掛け始めました。踊る女たちを描くことは、ロシアバレエ団に同行していた際に取り組んでいたテーマで、この作品にも影響していることを見て取れます。

 

シュルレアリスム時代

フロイトによって始まった精神分析学をもとに、人間の無意識や夢の世界に注目した新しい芸術運動が「シュルレアリスム」です。

1925年から1936年にかけてピカソはこの芸術運動の影響を受けた作品を残しており「シュルレアリスム時代」と呼ばれるようになりました。この時代は妻オルガへの不満から、ピカソの精神の不安定さが作品に投影されているとも言われており、描かれた人物は、現実を超えたイメージで表現されています。

三人の踊り子

1925年に制作された作品です。

モデルはピカソの友人とその妻だと言われています。ピカソは親友2人を亡くした経験から、この作品で冷たい愛の三角関係を表現しました。

この作品は1932年に描かれました。

モデルの女性は22歳の愛人マリー・テレーズです。コントラストのある色彩が巧みに構成されており、特に顔に注目すると、ピカソとマリーがキスをしている様子を見ることができます。

 

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戦争の時代

スペイン内戦中であった1937426日、自由と独立の象徴的とされていたゲルニカが、ヒトラーのドイツ軍によって無駄別に空爆される「ゲルニカ爆撃」が起きました。

ピカソはこの出来事に衝撃を受け、同年の5月から6月に反戦絵画である『ゲルニカ』を描きました。また、1939年から1945年の第二次世界大戦中、ピカソは監禁状態の中でも精力的に制作活動をしたそうです。しかし、ピカソの絵画はドイツ軍の芸術的な理想と合わなかったため、作品を公に発表することはできませんでした。

ゲルニカ

戦争の恐怖や苦しみといった人間の普遍的な感情が示されている作品です。

ピカソは、もともと1937年のパリ万国博覧会への出展を依頼されていましたが、「ゲルニカ爆撃」にショックを受け、急遽この作品の制作を進めました。そのため、油絵具より乾きの早い工業用ペンキが使用されています。

スペインが民主国家となることを強く望んでいたピカソの意思が尊重され、この作品はスペイン民主化が実現する1981年まではニューヨーク近代美術館に保管されました。

泣く女

1937年、ピカソは『泣く女』を主題とした絵画を100枚以上制作しました。

モデルは愛人のドラ・マールです。この作品はシリーズの最後に制作され、最も高く評価されました。『泣く女』は『ゲルニカ』と相互性のある作品と言われています。

 

晩年

戦争が終わった1946、ピカソはパリを離れて南フランスに家や別荘を購入しました。

そこでは最晩年をともにした妻ジャクリーヌ・ロックをモデルとした作品や画家とモデルをテーマとした作品、身近な風景画や古典的な名画をもとにした連作などを数多く描きました。ピカソは画家としての自身に向き合い、ひとつの様式に分類されることを拒否したことが、この時代の制作スタイルでした。

1973年に亡くなるまで精力的な創作活動を続けました。

画家とモデル

ピカソが晩年に手掛けた作品のひとつが『画家とモデル』シリーズです。

油彩画や銅版画が数多く存在しています。さまざまな様式の絵画を残してきたピカソですが、『画家とモデル』シリーズは自由な雰囲気を感じさせます。

 

20世紀最大の画家」ピカソ

ピカソが「20世紀最大の画家」と称される理由は、常に新たな境地に挑戦し続け、美術界のみならず世界中の人々に多大な影響を与えたことが大きな要因と言えます。特に、美術様式「キュビズム」は、ピカソなくしては存在していません。

また、『ゲルニカ』の反戦へのイメージは、スペインの人々に限らず、世界中に大きな影響を与えました。

また、ピカソが生涯手掛けた作品数も理由のひとつです。13500点の油絵と素描、10万点の版画、34000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作し、最も多作な美術家としてギネスブックに登録されました。

ピカソはその生涯をかけて芸術と真摯に向き合い、20世紀に活躍した画家として多くの功績を残しました。

 

ピカソと女性たち

ピカソは画家人生を送る中で、主に7人の女性に影響を受けています。実際に女性をモデルにするだけではなく、時には作風を変えるきっかけにもなりました。

1人目はフェルナンド・オリヴィエです。彼女はピカソの「青の時代」を献身的に支え「バラ色の時代」に影響した人物でした。

2番目の女性はオリヴィエの友人であるエヴァ・グエルです。ピカソは彼女を「キュビズム」の様式で描いています。

3番目の女性は、最初の妻オルガ・コクローヴァです。彼女は「新古典主義時代」に向かうきっかけを作りました。

4番目の女性はマリー・テレーズです。ピカソは彼女を運命の女性と言うほどインスピレーションを受けました。

5番目の女性はドラ・マールです。彼女は「泣く女性」シリーズのモデルになった人物です。

6番目の女性はフランソワーズ・ジローです。彼女は激動の中にいるピカソにとって安らぎの存在でした。

最後の女性は、2番目の妻ジャクリーヌ・ロックです。彼女は最晩年のピカソに寄り添った女性です。ピカソは亡くなるまでに彼女の肖像画を400点以上描きました。

 

ピカソの晩年・死因

ピカソは晩年も絵画への情熱が冷める事は無く、数多くの作品を残しています。

最晩年は、亡くなる半年前からアトリエに籠り、絵画制作に没頭していました。亡くなる間際まで、作品の発想が途切れないほど元気だったと伝えられています。

ピカソの死因は急性肺水腫でした。急性肺水腫とは、肺胞に水が溜まって呼吸困難になる病気です。呼吸ができずに苦しんでいるピカソを妻ジャクリーヌが発見して医者を呼びましたが、残念ながら助かりませんでした。

 

まとめ

ピカソの作品に向き合うと、ほかでは見られない独創的な表現と対峙することになります。

ピカソは才能だけではなく、自身が持つ愛情やフラストレーションを色彩や構成に落とし込み、芸術に昇華させるエネルギーを持った人物でした。そのためピカソの作品からは、彼の独自性だけではなく人間らしさを感じることができます。

ピカソの作品はこれからも世界中の人々に創造性を与え、愛される存在であり続けるでしょう。

 

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