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AI社会の分岐点を示す、窪田望の《Massive Ugly Hands》レビュー

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AIと人間のありきたりな二項対立を脱構築し、AIとあらゆるメディウムを領域横断的に掛け合わせた作品を制作する窪田望氏は、AIが日常生活に浸透してきた2024年という社会を本質的にとらえた《Massive Ugly Hands》を発表しました。

 

これまでに類を見ない斬新な発想で制作された《Massive Ugly Hands》は、展示会を訪れた人々を魅了し、多くの注目を集めました。

 

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展示会:異彩を放つ絵画《Massive Ugly Hands》

 

薄暗い展示室に一歩足を踏み入れると、都会の喧騒を忘れさせるような静寂な空間が広がります。部屋の奥に進むと、いくつかの間接照明があてられた巨大な絵画が静かに佇んでいました。

 

やわらかな光に包まれた美しい顔立ち、その瞳はまるで生きていて今にも語りかけてきそうな表情でこちらをじっと見つめています。その眼差しは、既存の感情分類では説明のつかない複雑な陰影を湛んでおり、一見、写実的に感じますが、よく見ると口元を抑えている手や指が何重にも重なり合い、放たれる独特な存在感に思わず目を奪われます。

 

「この作品は、2024年の現在を重要視しています。過去だと作ることはできなかったですし、未来においても作れないかもしれない何かーー。」

と覚悟が滲んだような静かな口調で、窪田望氏が語り始めました。

 

AIとあらゆるメディウムを掛け合わせた没入型の作品でも人気が高い窪田望氏ですが、今回選んだのはまったく異なるアプローチでした。

 

作品解説:2024年、今だからこそ生み出せる作品

Massive Ugly Hands

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「外れ値の咆哮」をテーマに掲げる《Massive Ugly Hands》は、AIそして社会のあり方そのものについて示唆を与えてくれる作品です。

 

「AIはその構造において、あまりにも異質なデータがあったときに、それを『外れ値』として排除します。しかし、私たちにとって『確からしい』や『正常』とは、一体どこからどこまでを指すのでしょうか。むしろ、私が捉えたいのは、排除されたマイノリティの声なき声です。」と窪田望氏は語ります。

AIで生成した画像について、指の数や顔に歪みなどがあると、多くの人は「異常」として批判的に捉えるため、「Massive Ugly Hands(大量の醜い手)」をネガティブプロンプトに入力することが一般的です。また、AIエンジニアは、AIが正しく5本指を描写できるように奮闘していますが、その過程で3本指や多指症などのマイノリティの存在が排斥され、暗黙のうちに否定されているのです。

 

しかし、《Massive Ugly Hands》は、むしろ「除外されるデータ」に焦点をあてるという、逆の発想から生み出されました。

 

AIの開発者でもある窪田望氏は、まず捨てられる「AIが出力した5本指でない画像データ」を独自に収集し、それをもとにしてAIモデルを作り直しました。そして、そのモデルから画像を生成して印刷し、最終的にメディウム手彩で丁寧に仕上げていくという手法を選んだのです。

このように、AI開発においてより正確な結果を得ることが常識とされている一方で、逆に「外れ値」を積極的に取り入れる窪田望氏の作品は、唯一無二だといえます。

 

絵画からみなぎる生命力は、捨てられてしまうデータを必要なものとして大切に扱い、マイノリティや声なき声に耳を傾けていった結果、結晶化していったものなのかもしれません。まるで、最適化されたテクノロジーでは捉えきれない人間の機微が封じ込められているかのようであり、絵画に宿る強い存在感は、まさに窪田望氏の技術と感性が融合した結果において生み出されたものといえるでしょう。

素材: 生成AI、大判印刷、メディウム手彩

 

制作背景:AI開発において「外れ値」は「排除」するべきなのか

Massive Ugly Hands

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この作品の背景には、窪田望氏自身の経歴が色濃く反映されています。

 

アメリカで生まれ育ち19歳で起業、日本・アメリカ・中国・香港で20個以上のAI関連特許を持つ彼が、なぜ作品制作をするようになったのでしょうか。

「AI開発の技術者として『精度』を追求する中で『外れ値』を排除してきた経験と、アメリカで過ごした時期を中心に自身が「外れ値」のような立場に置かれていた感覚が、この作品の原点になっています。」と窪田望氏は語ります。

 

彼は、この作品の思想的背景について、ミシェル・フーコーの「狂気の歴史」を引用しながら説明しました。

 

「ミシェル・フーコーが指摘したように、社会は異質なものを排斥してきました。15世紀には『阿呆船』として狂人を追放し、18世紀には狂人を動物のように扱ったという歴史を人々は嘆いています。しかし、多様性が重要視されているように見える現代においても、この根底に暗黙の了解としての排斥が潜んでいるのではないでしょうか。」

「この特徴は、エンジニアによっていつ上書きされるかわからないフラジャイルな素材です。」と窪田望氏は指摘します。

 

今回捉えることができた「特異な手」は、AIの進化とともに失われていき、数年後には完全に5本指の手しか生成されなくなる可能性があることを示唆しています。

 

《Massive Ugly Hands》の画像を生成する工程では、AIの学習過程で通常なら「異常」として排除するデータを敢えて積極的に取り入れていきました。AI開発者である窪田望氏にとって、自らの過去の経験や実績を批評するような行為でもあるため、葛藤も伴っていたことでしょう。しかし、その自己批評的な視点が、作品により深みと強い説得力を与えているのです。

 

窪田望氏の視点:AIと人間性の境界を超えて

窪田望氏の作品は、AIと人間性の二項対立を巧みに超越しています。

 

一般的にAIで生成された作品の多くは、AIの可能性を称揚するか、あるいはその脅威や危険性を警告したり批判するかのどちらかに偏りがちです。しかし、彼の作品は、そこにある本質的な問いに正面から向き合っています。

「AI開発者は、精度を上げるために異質なデータを排除します。しかし、それに囚われすぎると、実はかけがえのない大切な情報を失ってしまうことに気付くことさえ困難です。」と窪田望氏は語ります。

不完全さや曖昧さこそが、実は最も人間的な価値を持つ可能性があることを示唆するそのアプローチは、AIが日常生活に浸透しつつある今がまさに分岐点であり、見つめ直せるこの機会を逃すと手遅れになってしまうのかもしれません。

展示会の設営には必ず「シャキメン」と呼ばれる仲間たちが応援に駆けつける窪田望氏。嬉しそうな笑みを浮かべながら、一人ひとりの名前をあげて感謝の気持ちを語る言葉全てに魂が込められている。「外れ値の咆哮」というテーマが、実はアートだけでなく「あらゆる存在を大切にしたい」という彼の価値観そのものであるような気がしました。

 

声なき声や社会的マイノリティにも、しっかりと向き合うことが大切だと考える窪田望氏。発注者の都合で世界を切り取ることがあたかも正解とされるような世界に対して「本当にそれでいいのか」という自問自答を繰り返しているとのこと。

窪田望氏は、2024年4月から東京芸術大学大学院に在籍し、これまで以上に情熱を持って作品制作に取り組んでいます。

 

AIの学習過程で「異常値」として「排除するもの」にフォーカスして、AIで画像を生成し、それを手描きで描き留めるという、技術者からアーティストへの越境的な視点で生み出される窪田望氏の作品は、現代アートそして社会に影響を与えていくことになるでしょう。

 

編集後記:AI社会の分岐点に立って

この作品と出会い、強く心を揺さぶられました。

AIの学習プロセスが日々洗練されていく中で、本作の特徴である「特異な顔や手」は、急速に失われていく運命にありそうです。それは、マイノリティがまるで必要のないものとして扱われ、いつの間にか「初めから存在しなかったもの」とされるように。

 

テクノロジーの進化が生み出し、同時にそれにより消し去られようとしているものを捉えた《Massive Ugly Hands》は、2024年だからこそ存在するシャッターチャンスを掴み、テクノロジーの進化における「分岐点」を芸術的な感性で切り取った、歴史の1ページに残るような作品として位置づけられるのではないでしょうか。

 

AIと人間性の境界線に鋭く切り込む窪田望氏の作品は、単なるAI批評を超え、「人間らしさとは何か」という根源的な問いを私たちに投げかけます。

 

「AIに対して『惜しい』という感想を持った時、無意識に排斥している人たちがいないだろうか。」ーーこの問いは、技術の進歩と人間性の本質について深い示唆を与えてくれました。

AI開発者としての深い知見と当事者意識を持つ窪田望氏だからこそ、AIと人間性の二項対立を超えた先に新しい表現の可能性を見出すことができたのでしょう。その姿勢からは、ナン・ゴールディンを想起させる勇敢さが感じられました。

 

私たちもまた、窪田望氏の作品のメッセージに耳を傾け、何が大切かを改めて考えていく必要があるのではないでしょうか。

 

▼ 窪田望 公式サイト

https://nozomukubota.com/

 

 

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