2017/05/15

ムサビ美大   
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武蔵野美術大学出身の著名な卒業生・芸能人まとめ

 実はあの人もムサビ卒!?

芸能人や有名アーティストの中には意外と美術大学出身の人がいます。

今回は武蔵野美術大学に絞って、有名人・アーティストをまとめてみました。

意外と芸能人や知っている作家も多いかと思います。

ムサビを受験しようかなーと考えている方も参考になさってください。

 

 

 

1.リリー・フランキー

マルチタレント


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マルチタレントとして活躍中です。職業としては俳優、イラストレーター、放送作家、ライター、エッセイスト、小説家、絵本作家、アートディレクター、デザイナー、ミュージシャン、作詞家、作曲家、構成作家、演出家、ラジオパーソナリティー、フォトグラファー等が挙げられ、非常に多才な顔を持っています。

1963年福岡県北九州市に生まれ、中学卒業後、大分県の大分県立芸術短期大学付属緑丘高等学校に進学。その後、武蔵野美術大学に進学し、5年かけて卒業しています。

 


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1991年にはラジオ番組の構成に関わった縁から宍戸留美の楽曲政策に携わり、音楽関係の仕事の糸口とようです。また、1994年からエッセイコラムを雑誌で連載し、その名を広く知らされるようになりました。

2001年に発行された絵本『おでんくん』は独特のタッチで知られ、NHK教育テレビでアニメ化されるまで人気を呼びました。2005年には初の長編小説である『東京タワー~オカンとボク、時々、オトン~』の単行本が発行されると、「泣き顔を観られたくなければ電車で読むのは危険」などの口コミで200万部を突破するベストセラーになります。この作品は「本屋大賞2006」大賞を受賞し、テレビドラマ化、映画化、舞台化までされました。

俳優としては、2001年の『盲獣vs一寸法師』にて、俳優デビューと同時に主演デビューします。映画『ぐるりのこと。』の演技が高く評価され、2009年に第51回ブルーリボン賞・新人賞を最高齢(45歳)で受賞。是枝裕和に重用されており、『そして父になる』以降の監督映画のほとんどに起用されています。

 

2018年話題作『万引き家族』予告

 

 

2.草野マサムネ(スピッツ)

ミュージシャン


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4人組ロックバンドのボーカルで、ミュージシャン、シンガーソングライターとして活躍中です。

1967年福岡県に生まれ、高校在学中に友人と組んだコピーバンドが初バンド活動となったそうです。高校卒業後に東京造形大学に入学し、今のバンドメンバーである田村明浩と出会いバンドを結成します。

東京造形大学を中退し、武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科に入学。しかし、その後も田村明浩との交流は続き、彼の呼び掛けによりスピッツが結成され、1989年には新宿ロフトのイベントに出演するようになり、ワンマンライブも敢行されました。

1990年、インディーズレーベルから初のCDがリリースされ、同年夏にはレコード会社と契約し、91年にシングル「ひばりのこころ」と1stアルバム『スピッツ』を同時にリリースされます。

1995年リリースの11thシングル『ロビンソン』、6thアルバム『ハチミツ』のヒットを機に多くのファンを獲得し、以後、楽曲制作、全国ツアー、イベント開催など、マイペースな活動を継続しています。

結成30周年を迎えた2017年には、バンド史上最大規模の記念ツアーを開催し、デビュー・シングルから最新曲までを網羅したコンプリート・シングル・コレクションをリリースしており、またSPITZ ON-LINE MEMBERSでは、『スピッツのオンラインラジオ』配信中です。

 

スピッツ、30周年記念映像作品のトレーラー公開

 

 

3.林家たい平

落語家


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2016年5月に、24時間テレビのマラソンランナーに任命されたことでも有名ですね。

人気演芸番組『笑点』(日本テレビ系列)の大喜利メンバーの林家たい平さんも武蔵野美術大学出身なんです。

1964年埼玉県に生まれ、高校卒業後、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科に入学。在学中に落研サークルに所属し、廃部寸前から持ち直させたそうです。1988年に大学を卒業後、林家こん平に入門したという落語家としては異色の経歴持っています。

2004年から師匠こん平の代役として笑点大喜利の席に上がりますが、2006年師匠の復帰のめどが立たないことからレギュラーメンバーとなります。

2008年に平成19年芸術選奨大衆芸能部門文部科学大臣新人賞を受賞し。2010年から母校である武蔵野美術大学で客員教授を務め、2014年には一般社団法人落語協会理事に就任と、着実に。

しかし役職のみにはとどまらず、2018年4月『新鉄道・絶景の旅』(BS朝日)でナレーションを務めるなど、現役で活躍しています。

美術大学出身ということもあるのか、イラストが趣味という林家たい平さん。

作画もみられるオフィシャルページはこちら

 

林家たい平のドラ落語

 

 

4.みうらじゅん

漫画家


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1958年京都府に生まれ、漫画家、イラストレーターとしておもに活躍しています。

実際の活動としては、エッセイスト、小説家、ミュージシャン、評論家、ラジオDJ、編集長、ライター、解説者とあり、幅広い分野で行っているが、公表しているのはイラストレーターのみです。

高校卒業後2年浪人し、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科に入学します。在学中から、友人が勤めていた関係で糸井重里の事務所に出入りし、カットの仕事をもらっていたそうです。

1980年に『ガロ』誌上でデビューを果たし、82年には『週刊ヤングマガジン』でちばてつや賞で佳作を受賞します。また、80年代後半からはテレビ・ラジオ出演もふえはじめ、多彩な活動を見せ始めます。

1996年には青林堂からみうら漫画のベスト選集『はんすう』が刊行された。渡辺和博が解説を書いているが、「初めてみうら先生のオフィスに玉稿をいただきにいった時は、非常に緊張した。みうら先生からは、卓越した漫画にたいする意見をいただいた」という、現実にまったく反するイヤミな内容が書かれているそうですが、2003年、自伝的コミック『アイデン&ティティ』が映画化され再び脚光を浴びます。

また作家活動のみならず、多彩でマルチな才能により幅広い分野で活動するみうらじゅんさん。

独断で贈呈される賞『みうらじゅん賞』があるようで、「この人にはだれも賞を贈らないだろう。」ということを中心に選定されています。

1994年から2017年にかけて全20回に至るまで多くの方が受賞しており、同じ武蔵野美術大学出身者のリリー・フランキーさんも「自分もみうらじゅん賞が欲しい」とおっしゃったそうです。

 

みうらじゅんに訊け!還暦編

 

 

5.村上龍

小説家


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1952年長崎県に生まれ、小説家、映画監督、脚本家として活動しています。

高校卒業後、1972年に武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科に入学。

1976年、在学中に麻薬とセックスに溺れる自堕落な若者たちを描いた『限りなく透明に近いブルー』で第19回群像新人文学賞、第75階芥川龍之介賞を受賞し衝撃的なデビューを果たします。大学を中退しますが、本格的な作家活動を開始します。

1980年に、コインロッカーに遺棄された孤児の破壊衝動を描いた『コインロッカー・ベイビーズ』で第3回野間文芸新人賞を受賞します。

その後も数多くの作品を発表しており、代表作としては、日本を弱肉強食型の社会に変革しようともくろむ秘密結社「狩猟社」の闘いを描いた『愛と幻想のファシズム』、パラレル・ワールドの日本を描いた『五分後の世界』、その他『希望の国のエクソダス』や『半島を出よ』などがあります。

また2003年には、中学生に向けて『13歳のハローワーク』を発表し、「どんな仕事をやりたいか」「どうやってやりたいことを仕事にするか」と仕事に興味を持ってもらうことに焦点があたっていたところから、教育現場で取り入れられるなど話題を呼びました。

2006年、自らのサイト『RVR Ryu’s Video Report』において「ジーコジャパンを振り返る」と題して、セルジオ越後、金子達仁と共に日本のサッカー社会、スポーツ社会の問題点について議論し、「日本スポーツ界があまりにもビジネス優先になりすぎている」と状況が語られました。

2000年から芥川賞選考委員も務めており、以後18年間36回にわたり選考委員を務めました。

 

ザ・インタビュー「リアルの描写の為に…」

 

 

6.原研哉

グラフィックデザイナー


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無印良品のボードメンバー、広告、その他幅広い領域のデザインで注目され、グラフィックデザイナー活躍しています。

1958年岡山県に生まれ、1983年武蔵野美術大学院修士課程を修了し、日本デザインセンターに入社し広告などで才能を発揮します。

1998年、長野冬季オリンピックの開会式閉会式のプログラムを手掛け、また、同じ年に山口県梅田病院などのデザイン計画にも携わります。

2000年RE DESIGN展で世界インダストリアルデザインビエンナーレ大賞を受賞し、2001年には松屋銀座のリニューアル計画にかかわり、この年から無印良品のボードメンバーにも参加しています。

また、2005年には愛知万博のプロモーションを担当しています

2015年7月、2020年夏季オリンピック東京大会の公式エンブレムの入選3作品まで残っており、日本文化デザイン賞、毎日デザイン賞、講談社出版文化賞など数多く受賞歴があります。

 

無印良品とクリエイター

 

 

7.今敏

アニメ監督


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日本のアニメ映画界に大きな変革をもたらし、アニメーションの未来を変えたとも言われるいる映画監督で、アニメ監督、漫画家として活躍しました。

1963年北海道に生まれ、高校卒業後、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科に入学し、グラフィックを学びます。

1984年、在学中に『虜―とりこ―』で『週刊ヤングマガジン』第10回ちばてつや賞で優秀新人賞を受賞、漫画家としてデビューしており、87年大学卒業後に講談社から『海帰線』などを発表します。

1991年には『老人Z』で初めてアニメ制作にかかわります。以降漫画制作は『セフィラム2億6661万3336の翼』で終わりにし、アニメ制作に専念します。

1993年『ジョジョの奇妙な冒険』で原画、シナリオ・演出・構成などを手がけた他、95年には大友監督とのオムニバス作品『MEMORIES/彼女との想いで』に脚本・美術設定・レイアウトとして参加します。

2002年オリジナル作品『千年女優』を発表、これが成功をおさめ多くの賞を受賞することとなりました。翌年には『東京ゴッドファーザーズ』を発表し、2004年から『妄想代理人』でTVシリーズの制作を始めます。

2006年には、かねてから切望していた筒井著『パプリカ』の映画を発表。2010年8月、次回作『夢みる機械』の制作に着手していましたが、すい臓がんのため46歳という若さで惜しまれつつも亡くなります。

残念なことに『夢みる機械』は2016年に制作中止が発表されました。

 

クリエイティブ・アワード2008 powered by Citibank

〜のぞみを、カタチに。〜

 

 

8.中島信也


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日清食品 ・カップヌードル 『hungry ?シリーズ 』や日清食品・日清ラ王 『食べたい男シリーズ』のディレクターとして有名です

その他にも多くの作品を手掛け、今もなおCMディレクターとして活躍しています。

1959年福岡県にうまれ、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科を卒業後、東北新社に入社します。

1983年からテレビCMディレクターとしてデビューし、日清食品カップヌードル『hungry?シリーズ』CMで日本人初のカンヌ国際交国際グランプリを受賞。

他にも、身体能力の高い人たちを起用してアクロバティックな器械体操を作品化した、サントリー燃焼系アミノ式『グッバイ、運動。シリーズ』が有名で、この作品は2003年全日本シーエム放送連盟 CMフェスティバルにて、総務大臣賞しています。

また、1996年に映画監督を務めた『ウルトラマンゼアス』において、じんましんや名義で主題歌『シュワッチ! ウルトラマンゼアス』の作詞も担当していたり、2010年に作成された『矢島美容室 THE MOVIE 〜夢をつかまネバダ〜』ではミスコンの進行役で本編中にも出演するなど、作品により濃く関わっているようです。

そして、CM制作だけでなく後進の育成にも力を入れており、宣伝会議のコピーライター養成講座やCMプランニング講座等で講師を務めている他、東北新社専務取締役。武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科およびデザイン情報学科客員教授。広告学校教授。など、役職の肩書きもになっています。

 

CM作りの天才・中島信也

「楽しませることを忘れがちなCM…」

 

 

9.伊藤計劃

SF作家


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1974年東京都に生まれ、SF作家として活躍しますが、作家デビューしてからわずか2年、2009年に早逝してしまいます。

短い活動期間ながらも処女作はゼロ年代における日本のSFベストに挙げられています。

 


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武蔵野美術大学造形学部映像学科に入学し、卒業後に2004年から「はてなダイアリー」にて映画・SF評論ブログをはじめます。

Webディレクターの傍ら執筆した『虐殺器官』が、2006年第7回小松左京賞最終候補まで残り、ハヤカワSFシリーズJコレクションより刊行され作家デビューを果たします。

この作品で『SFが読みたい!2008年版』1位、月刊プレイボーイミステリー大賞1位、日本SF作家クラブ主催第28回日本SF大賞候補となり、期待の新人として脚光を浴びるも2009年3月肺がんのため死去します。同年12月、遺作となった『ハーモニー』が第30回日本SF大賞を受賞します。

また、2010年には英語版で出版されアメリカでSF小説を対象としたフィリップ・K・ディック賞の特別賞を受賞しました。未完作品となった『屍者の帝国』を円城塔氏が原稿を引き継ぎ完成させ2012年に刊行されました。

「Project Itoh」として、『屍者の帝国』『ハーモニー』『虐殺器官』の三作品が連続アニメ化されています。

 


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10.栗原正己(くりコーダーカルテット)

リコーダー奏者


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有名な子供番組『ピタゴラスイッチ』の楽曲を手掛けており、編曲やCMなどの作曲で活躍している栗原正己さん。

クリコーダーカルテットメンバーで、ソプラノリコーダーを中心に各種リコーダー、ピアニカ、アンデス25、などを担当しています。

武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業し、80年代中頃より編曲やCMの作曲でキャリアをスタートします。手がけたCMは500本以上にのぼるります。

1994年に栗コーダーカルテットを結成し、スターウォーズやジブリ作品の楽曲をカバーし独特な雰囲気で人気を呼んでいます。

 


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くりコーダーカルテットの楽曲活動として、2012年に全篇に渡って映画音楽を取り上げた『ウクレレ栗コーダー2』、2013年には唱歌・童謡を温かく、かつシンプルにアレンジした『あの歌この歌』をリリースしている他、2014年6月には20年間を俯瞰した2枚組CD「20周年ベスト」を発表しています。

また、結成20周年コンサートを渋谷公会堂にて開催し、 2015 年より 国際交流基金の助成を得て、栗コーダー&フレンズとして日アジア6カ国との3 年計画の文化交流プロジェクトを開始。現在も各国のアーティストとの共演も行っています。

 

 

 

11.辛酸なめ子

コラムニスト


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漫画家・コラムニストとして活躍している辛酸なめ子さん。

1974年東京都に生まれ、女子学院中学・高校を卒業後、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻に入学し、在学中から中ザワヒデキの事務所でアルバイトをしながら、創作活動を行います。

1994年にパルコのフリーペーパー『GOMES』主催のGOMES漫画グランプリでGOMES賞を受賞。2008年7月には『第一回ギャグ漫画家大喜利バトル』に出演し、準優勝を果たしています。

 


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また、1995年にはWebサイト『女・一人日記』を開設するなど、PCやインターネットを媒体とするマルチメディア作品に早くから取り組んでいたことでも有名です。

独特な絵柄と皮肉たっぷりの表現が特徴的な作風で、現在も『週刊文春』、『サイゾー』など新聞や雑誌など多数の連載を抱えており、近著では『大人のコミュニケーション術』(光文社新書)、『おしゃ修行』(双葉社) 『魂活道場』(学研)などです。

 


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12.中山みどり

フェルト作家


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ペットそっくりの羊毛フェルトでの造形が人気を博し、全国様々なところで個展を開催されているフェルト作家。

1974年愛知県に生まれ、2000年武蔵野美術大学造形学科日本画学科を卒業し、2001年から羊毛フェルトでの制作を開始します。

2002年に沼津の絵の里で行われた『二人展』にはじまり、2012年まで毎年展示会を開催しています。

また、著書『ほころび時間 フェルトアートの小犬たち』(青幻舎)など、フェルトアートに関する書籍も数多く出版されています。

 


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2013年10月には、 研究開発したオリジナル技法midofelt® 及び、フェルトアートを普及させることを目的に一般社団法人フェルトアート協会設立しています。

近状だと、2018年7月に小田急百貨店新宿店にてイベントを展開。作品展示の他、ブローチ教室、レリーフ教室、midofelt工房作品の販売・ブローチキットやグッズの販売など盛りだくさんな内容で、昨今のハンドメイド人気の相乗効果もあり大盛況だったようです。

 


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フェルトアートイベントの情報や新しい作品の画像が盛りだくさんな、中山みどりさんのインスタグラムはこちら

 

 

14.山口啓介

美術家


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1962年兵庫県に生まれました。武蔵野美術大学を卒業後、大型銅版作品で多くの賞を受賞しデビューを果たしました。

大学では油絵を描いていたようですが、授業で銅版画を経験したことがきっかけで制作をはじめ、卒業後、同大学の研究室に入ります。

「方舟」や「宇宙船」といったモチーフで知られ、立体、絵画、インスタレーションなど様々な方法で作品を展開しています。

1995年に、大阪トリエンナーレ1994の関西ドイツ文化センター・デュッセルドルフ市特別賞により渡独し、デュッセルドルフ市から提供されたアトリエで『原子力発電所』『象の檻』『世界地図』の3つのシリーズからなるドローイングを制作します。

1997年に帰国後、キャンバス絵画『コロニー』シリーズと、音楽用カセットケースと花や植物を使った作品『カセットプラント』を発表し注目されました。

カセットプラントは、映画ジュラシックパークから着想を得ている。琥珀に封印された蚊の遺伝子を取り出し、再生させて恐竜を復活させるという考え方を、琥珀の代わりに天然樹脂を使ってカセットケースの中に植物や花を保存しはじめた。そのように未来へ遺伝子を残していくというストーリーは初期の作品の方舟的なものとつながっているという。

2009年から2013年に武蔵野美術大学客員教授を務めています。

 

『山口啓介 カナリア』より『星の宮』

山口啓介 カナリア

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エノラゲイ


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15.青木野枝

彫刻科


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鉄を素材にした空間表現が特徴とされる彫刻家、版画家です。

1958年東京都に生まれ、1981年に武蔵野美術大学造形学部彫刻学科を卒業。パブリックアートを中心に作品を展開し、目黒区美術館、大分市美術館、宇都宮美術館など様々な美術館に作品が収蔵されています。

1980年大学在学中に、創設されたばかりの第1回瀧富士美術賞を受賞したことで女性彫刻家として注目を浴び、1997年にも第9回倫雅美術奨励賞(創作部門)受賞しています。

2012年、豊田市美術館、名古屋市美術館にて個展『ふりそそぐものたち』、2013年に岡山県の大原美術館にて個展『ふりそそぐものー有隣荘』を開催。

同じく2013年に愛知県にて『あいちトリエンナーレ』、2014年スイス、ポーランド、ドイツにて『ロジカルエモーション』と立て続けに展覧会への参加をしています。

近年2017年に第40回中原悌二郎賞を受賞している他、現在は多摩美術大学にて客員教授を務めています。

青木野枝さんのオフィシャルサイトはこちら

 

『 Untitled( NA92-3)』


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『ふりそそぐもの/娯楽室』


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