ヒエロニムス・ボスとは?画家の生涯と代表作品について詳しく解説
15世紀後半から16世紀にかけて活躍したネーデルラント出身の画家ヒエロニムス・ボス(1450頃-1516)。
敬虔なキリスト教徒だった彼は芸術家の家庭に育ち、多くの宗教画・寓意画を描きました。
彼の独創的な作品は当時の人々からも愛され、シュルレアリスムなど後世の多くの芸術家にも大きな影響を与えました。
現在、スペインのプラド美術館に所蔵されている「快楽の園」は、特に謎の多い作品として、多くの美術愛好家に愛されています。
今回は、ヒエロニムス・ボスの謎に包まれた生涯と代表作品について詳しく解説します。
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ヒエロニムス・ボスとは?
ヒエロニムス・ボス(1450頃-1516)は、ネーデルラント出身の初期フランドル派を代表する画家の一人です。
初期フランドル派 とは?
15世紀から16世紀にかけてフランドル地方(別名ネーデルランド)で活動した画家たちを指します。
卵を用いたテンペラ画に代わり油彩画で作品を制作し、風景画のジャンルを確立したことでも知られています。
ロベルト・カンピン(1375年頃-1444)、ヤン・ファン・エイク(1390-1441)、フーゴー・ファン・デル・グース(1440-1482)などが有名です。
ボスと同時代に活躍した画家としては、イタリア初期ルネサンスの巨匠、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)、サンドロ・ボッティチェッリ(1445-1510)などが有名です。
敬虔なキリスト教徒であったボスは、宗教画や宗教にまつわる寓意画を描きました。
16世紀に起こった宗教改革運動とイコノクラスム(聖像破壊運動)により、ボスの作品の多くが破壊されてしまったため、現存する作品は25点のみとなっています。
「地獄」と「最後の審判」はボスが繰り返し描いたテーマで、罪人を苦しめる悪魔や怪物、動物・魚類と人間が混ざった不思議な生物など、独創的なモチーフが多く登場します。
心理学者のカール・ユングは、ボスが自身の想像によって架空の世界や生物を描いた最初の画家であるとして、彼を「無意識の世界を暴く画家(discoverer of the unconscious)」と呼びました。
また、ボスは美術史上「最初のシュルレアリスト」とも呼ばれており、マニエリスムやシュルレアリスムなど後世の芸術にも大きな影響を与えました。
ヒエロニムス・ボスの生涯
画家一家のもとに生まれる
ヒエロニムス・ボスの記録は約50の公式文書に記載されているのみで、その生涯はいまだ多くの謎に包まれています。
現存する記録は町の公文書やボッシュが所属していた「聖母兄弟会」の会計帳簿によるものが大半で、彼が受けた制作の依頼や参加した祝祭、資金提供など公的な情報しか残されていません。
個人の手記や当時の評論等は見つかっておらず、彼の生い立ちや性格についての詳細は分かっていません。
ボスは1450年頃、ネーデルラントに存在したブラバント公国のスヘルトーヘンボス(現在のオランダ南部に位置する都市)に生まれたといわれています。
本名はイェルーン・アントニセン・ファン・アーケン。祖父、父親、3人の叔父たちはいずれも画家という芸術家の家庭で育ちました。
記録には残っていませんが、おそらく市内の有名なラテン学校で教育を受けたのではないかと言われています。
その後ボスは父親の工房に入り、画家としてのキャリアを歩み始めました。
カトリック信者として教会の仕事を手伝う
敬虔なカトリック信者だったボスは、家族と共に教会の仕事を手伝っていました。
1480年頃には、裕福な商家の娘のアレイト・ゴイヤート・ファン・デル・メールヴェンヌと結婚しています。
アレイトは土地や不動産をを含む多額の遺産を親から相続しており、彼女のおかげてボスは自分の工房を開き、画家として独立することができました。
ボスは一般市民の約9倍の税金を納めていたことが記録として残っており、経済的に豊かな生活を送っていたことが伺えます。
聖母マリア兄弟会に所属し制作活動を行う
ボスは1846〜1847年頃、聖母マリア兄弟会(Illustre Lieve Vrouwe Broederschap)に所属します。
中世ヨーロッパでは当時、同じ守護聖人を信仰する人々が社会的な相互扶助を目的に集い、兄弟会(宗教団体)を結成していました。
聖母マリア兄弟会も聖母マリアへの信仰を促進するため、1318年に聖職者や貴族など社会的地位の高いエリート層が中心メンバーとなり設立された兄弟会の1つです。
ボスは1488年には聖母マリア兄弟会の主要メンバーとなり、画家としても社会的にも地位を高め、教会や近隣諸国の王宮、貴族から依頼を受けて多くの作品を制作しました。
ボスは主に、腐敗し堕落した宗教界や聖職者への皮肉を込めた寓意画を得意とし、自身の想像から生み出した架空の生物やモチーフをリアルなタッチで描きました。
彼の独創的な作品は人気を博し、ネーデルラントだけでなくスペインやイタリアなど他国の王宮や貴族から注文を受けて制作するようになります。
死後の再評価
ボスの正確な死亡日は記録されていませんが、1516年8月9日に葬儀のミサと埋葬が行われたとされています。
彼の遺産によって開かれた葬儀は豪華なもので、出席した貧困層の人々には施しが与えられました。
生前は高く評価されていたボスの作品ですが、彼の死後、宗教的な観点からその評価が覆された時代がありました。
16世紀末に台頭した異端審問(中世以降のカトリック教会において、正統信仰に反する教えを持つ異端者の可能性がある者を裁判するために設けられたシステム)では「ボスは異端に染まっていたのではないか」という声が上がりますが、スペインの神学者ホセ・デ・シグエンサなどがボスを擁護し、彼の作品は守られました。
しかしその後も宗教改革運動が活発になり、イコノクラスム(聖像破壊運動)によって各地の教会にあったボスの作品も破壊されてしまいます。
一方、スペイン宮廷では16世紀後半にフィリップ2世がボスの絵を多数購入しており、宗教改革の間にも一貫してボスを高く評価し作品を保護していたため、現在でもマドリード王宮やプラド美術館、エル・エスコリアル修道院で彼の作品を観ることができます。
ボスの作品は後世のシュルレアリスムなど多くの芸術家に影響を与え、時代を超えて愛されています。
ヒエロニムス・ボスの作品の特徴
奇妙な生物・モチーフで構成された寓意画
敬虔なカトリック教徒だったボスは、教会の祭壇画として宗教的主題を描いた作品や、道徳的な教え、寓意を込めた作品を多く残しました。
彼の作品には人間だけでなく動物、魚、昆虫、植物など様々なモチーフが盛り込まれ、細部まで丁寧に描き込まれています。
ボスの作品には、しばしば人間と動物や魚類が合体したような生物も登場します。
「快楽と大食いの寓意」は、7つの大罪の1つである「暴食」を主題とした作品です。
画面の左上には、湖の上で酒樽に跨る太った男と、その周りを泳ぎながら樽からワインを盗もうと試みる痩せた裸の人々が。そのすぐ右下には、ミートパイの乗った皿を頭に乗せて泳ぐ人が描かれています。
また画面の右手には、宝石で彩られた天幕の中で飲酒しながら抱き合うカップルが描かれています。
この作品は「酒に溺れる欲望」を主題としたもので、欲望に溺れる人間の愚かさがあらゆる階層に及んでいることを寓意的に表現した作品と言われています。
平坦な筆致と空間表現
ボスと同時期に活躍していたダ・ヴィンチをはじめとするルネサンス期の画家たちは、遠近法の1つである「透視図法」を用いて奥行きのある画面を追求していきました。
またこの時代は、透明色の層をいくつも重ねながら自然に近い陰影を出し、絵の表面に極力筆致を残さず、滑らかに仕上げる描き方が一般的になっていきました。
しかし、ボスは一貫して後期ゴシックの装飾に近いやや平面的でマットな筆遣いと、平坦な空間表現で絵を描き続けました。
「快楽の園(上、部分)」でも、人物の肌に入ったハイライトを地肌の色に完全に馴染ませずに残していることが分かります。
ヒエロニムス・ボスの代表作品11選
最後の審判(1482頃)
「最後の審判」はボスが1482年頃に制作した三連祭壇画です。
中央のパネルは世界の終焉において神がすべての人類の罪を審判し、その功罪によって天国と地獄に導くというキリスト教の終末観「最後の審判」を主題としており、左翼には「エデンの園」、右翼には「地獄」が描かれています。
左翼
「反逆天使の天国からの追放」「アダムとイヴの創造」「原罪」「楽園追放」という4つの異なる場面が異時同図法的に描かれています。
描かれている場面は「乾草車」の左翼パネルと同じですが、描かれている順番が異なり、「乾草車」に比べてやや小さめに描かれています。
中央
最後の審判の聖なる法廷の下で罰せられる罪人たちが描かれています。
キリストが雲の上に座し、その周りには12使徒、聖母マリア、父なる神が描かれています。
雲の下で荒れ果てた大地と、異形の悪魔たちによって拷問される罪人たちの姿が描かれています。
右翼
地獄で責め苦を受ける罪人の魂が描かれています。
画面下の中央には地獄の領主サタンが、その隣には悪魔が罪人たちの罪状を読み上げる様子が描かれています。
パネルの両翼を閉じると外側に描かれた「聖ヤコブと聖バーフ」のグリザイユが現れます。
聖ヤコブはスペインの守護聖人、聖バーフは貧民のために私財を寄付したヘント(現在のベルギー・フランデレン地域のオースト=フランデレン州にある都市)の守護聖人です。
東方三博士の礼拝(1494)
「東方三博士の礼拝」は、イエス・キリストの誕生を主題とした三連祭壇画です。
この祭壇画はベルギーの州都アントウェルペンの貴族ピーテル・シェイフヴェとアニエス・デ・グラムの依頼を受けて、ボスが1494年頃に制作したもので、左右のパネルの前景には、寄進者と聖人の姿が描かれてます。
左翼
前景には、聖ペテロと寄進者のピーテル・シェイフヴェが「Een voer al(一人はみんなのため)」という標語と共に描かれています。
焚き火の前に座っているのは、イエスのおむつを温める聖ヨセフです。
中央
東方の三博士とマリアの膝に抱かれるイエスが描かれています。
マリアの頭上の屋根によじ登っている兵士は、ヘロデ大王(新たにユダヤ人の王となる子が生まれた、という予言を恐れてイエス誕生の頃に2歳以下の男児を虐殺したと聖書に記されている)のスパイだとされています。
右翼
前景には聖アグネスとピーテルの2番目の妻アニエス・デ・グラムが描かれており、遠景にはクマとオオカミが人を襲う場面が描かれています。
両翼のパネルを閉じると「聖グレゴリウスのミサ」を描いたグリザイユが現れます。
キリストの周りには、7つの受難の場面が描かれています。
愚者の石の切除(1494〜1516頃)
「愚者の石の切除」は、ボスが1494〜1516年頃に制作した作品です。
16〜17世紀頃にネーデルラントで流行していた「愚か者の頭には石が入っている」という諺(ことわざ)を、ボスが図像として描いたもので、医者の格好をしたペテン師が、患者の頭から「愚かさの石」を取り出すための手術をしている場面を描いています。
ペテン師の後ろには絞首台が描かれており、不誠実な人物の行く末を暗示しているともいわれています。
背景中央に見える教会の塔には「人を騙してお金を儲けることよりも、信仰を持ち戒めに従うことが人生において重要である」というメッセージが込められています。
パネルの上下には「Meester snijt die key eras, Mijne name Is lubbert das」(オランダ語で「マスター、早く石を切り取ってください。私の名前はルバート・ダスです」の意)というカリグラフィーが書かれています。
ルバート・ダスというのはこの患者の名前です。ダス(das)はオランダ語でアナグマという意味で、アナグマが夜行性の動物で日中は動かず眠っていることから「怠け者」を示唆しています。
「ルバート」はその当時オランダ文学に頻繁に登場した男性の名前で、太った怠け者の愚か者を指しています。
聖女の殉教(聖ウィルゲフォルティスの三連祭壇画)(1497)
「聖女の殉教」は、ボスが1497年頃に制作した三連祭壇画です。
ボスの署名が入っている数少ない絵画の1つで、イタリアの貿易商か外交官の依頼によって制作されたのではないかと言われており、かつてはヴェネチアのドゥカーレ宮殿で飾られていました。
伝説によると、聖ウィルゲフォルティスは父親に異教徒の王との婚姻を強引に進められたため、神に純潔の誓いを立て、自身の美貌が失われるよう祈ったところ、突然顔からひげが生えたために婚約は破棄され、望まない婚姻を免れました。
怒った父親は彼女を磔にして殺しますが、死ぬまでの3日間十字架の上から説教を続け、父親を含め大勢の群衆を改心させたと伝えられています。
主題となっている聖女の正体については、南ヨーロッパで崇拝されていた「聖ユリア」と考えらてきましたが、修復研究により聖人の顔に髭が描かれていたことが分かり、現在は「聖ウィルゲフォルティス」だとする説が有力視されています。
快楽の園(1490~1500頃)
「快楽の園」は、ボスが画家としての最盛期にあった1490~1500年頃に描いた作品で、ボスが制作した三連祭壇画の中で最も有名な作品として知られています。
作品は3つのパネルからなり、それぞれ異なる主題で描かれています。
左翼=エデンの園
中央=失楽園(もしくは道徳的な警告)
右翼=地獄
両翼の外側にも絵が描かれており、両翼を内側に閉じると、半円ずつ描かれた天地創造の地球のグリザイユ(灰色や茶色の単色で描かれた絵画)が現れます。
左翼
左翼は「エデンの園」を主題として、キリストの姿をした神がアダムにイヴを贈る場面が描かれています。
3つのパネルの中で最も色調が明るく、祝祭的な雰囲気も感じられますが、パネルの左下には獲物を咥えた食肉獣が。右手奥には獲物を襲うライオンが描かれており、この世界が決して平和ではないことを示唆しています。
また、パネル中央右端の木には蛇が巻いており、これは禁断の木の実を象徴しています。
中央
中央のパネルは研究者によって最も解釈が異なる部分で、失楽園を描いたものだとする説と、道徳的な警告を描いたものだとする説の二派が主流となっています。
画面の大部分が裸体の男女で占められており、一見群像のようにも見えますが、数人のまとまったグループで構成されており、性的快楽を示唆するモチーフと寓意が散りばめられています。
個々のモチーフが何を表しているかについてはある程度推察できますが、パネル全体の構成が何を意味しているのか、その主題については様々な解釈がなされています。
右翼
右翼には「地獄」を主題として、異形の悪魔たちによって責め苦を受ける人々が描かれています。
3つのパネルの中では最も暗く、ボスならではの怪奇なモチーフとグロテスクな世界観が発揮され、シュルレアリスムの画家たちに最も影響を与えた作品の一つと言えるでしょう。
拷問器具として様々な楽器が描かれていることから「楽器地獄」とも呼ばれています。
放蕩息子(または放浪者)(1500頃)
「放蕩息子」は、直径71.5cmの円形の木製パネルに描かれた作品で、「愚者の船」「大食と快楽の寓意」「守銭奴の死」と共に、三連祭壇画の一部として両翼パネルの外側に描かれていました。
男性が背負っているバスケットには猫の皮が吊るされていますが、その当時、猫の皮はリウマチの民間療法に使われており、この男性がそのような商品を扱う行商人であることを示しています。
行商人は詐欺師や乱暴者など悪いイメージがあり、軽蔑される職業でした。
門の前に描かれた雄牛やカササギ、木の上から男を見下ろしているフクロウは、行く先に脅威が待ち構えていること暗示しています。
聖アントニウスの誘惑(1501頃)
「聖アントニウスの誘惑」は、ボスが1501年頃に制作した三連祭壇画です。
貞節の誓いを立てたエジプト生まれの修道士、聖アントニウスの物語が主題となっています。
荒野で瞑想にふけるアントニウスを堕落させようと悪魔がさまざまな幻影を仕掛けてきますが、彼は強い信仰心でその誘惑に打ち勝ちます。
「聖アントニウスの誘惑」はネーデルラントにおいて頻繁に取り上げられた主題の一つで、ボスはキリスト教徒の模範として欲望を克服した聖アントニウスを描きました。
左翼
聖アントニウスの飛行と墜落の場面が描かれています。
前景の橋の上には墜落後、疲れ果てた聖アントニウスを支える僧侶と平信徒が描かれており、平信徒はボスが自信をモデルに描いたと言われています。
中央
パネル中央、廃墟の奥に描かれているのが聖アントニウスです。
聖人はキリストの方向を指さしながらこの世界を見つめていますが、誰も彼の存在には気づいていません。
画面中央左手、聖人の対角線上に描かれている赤マントと頭に黒い帽子被り、あご髭を生やした男性は、この幻影を作り出した魔法使いではないかと言われています。
右翼
パネル中央には、瞑想に耽る聖アントニウスがこちらを見つめる姿が描かれています。
聖人の前にはヒキガエルが赤いテント幕を広げ、テントの中から裸の女性が聖人を誘惑しています。
両翼を閉じるとパネルの外側に描かれたグリザイユが現れます。
左翼にはキリストの捕縛が、右翼には十字架を背負ったキリストが描かれています。
どちらも前景には泥棒が描かれており、右翼では自身の罪を告白していますが、左翼では告白を拒む様子が対照的に描かれています。
手品師(1502頃)
「手品師」の原画は現存していませんが、いくつかの複製画が残されています。
その中で最も原画に忠実だとされているのがサン=ジェルマン=アン=レー市立博物館が所蔵する作品です。
世の中の偽り、騙されやすい人間の愚かさを主題とした作品で、手品に夢中になっている男性の財布を隣の男が盗もうとしている場面が描かれています。
手品師と財布を盗もうとしている男は共犯で、男性の気を逸らせて財布を盗む算段です。
財布を盗まれている男性の口からは愚かさの象徴である「蛙」が飛び出しており、手品師が腰に下げている籠からは異教徒や悪知恵を隠喩する「フクロウ」が覗いています。
十字架を担うキリスト(1505〜1507頃)
「十字架を担うキリスト」は、ボスが1505〜1507年頃に制作した作品です。祭壇画として描かれたのか、もともと一枚の絵だったのか、詳しい来歴は明らかになっていません。
1574年にスペインのフェリペ2世が購入し、現在はマドリード王宮に所蔵されています。
「十字架を担うキリスト」は15世紀のネーデルラントで特に好まれた場面で、ボスは同様の主題の作品を複数描いています。
中央には荊(いばら)の冠を頭に、煉瓦を足首に付けられたキリストが、忍耐強く穏やかな表情で描かれています。
奥の草原には泣き崩れるイエスの母親と彼女を支えるヨハネが描かれており、さらにその奥にはエキゾチックなエルサレムの建物が描かれています。
七つの大罪と四終(1505〜1510頃)
「七つの大罪と四終」は、1505〜1510年頃に制作された作品です。
以前はボスの初期の作品とされていましたが、近年の研究では晩年にボスの弟子が描いたとする説が有力視されています。
テーブルの天板の上に描かれた作品で、元の持ち主は不明ですが1574年にスペイン王室のコレクションに入り、王の寝室に飾られていました。
中央の円には復活したキリストが描かれており、キリストの下には、ラテン語で「Cave, cave, deus videt(気をつけろ、気をつけろ、神が見ている)」という言葉が描かれています。
さらに外側の円には「七つの大罪」の場面が。角にある4つの円には人間の4つの終わりの光景「四大終事」(死・審判・地獄・天国)がそれぞれ描かれています。
干草の車(乾草車)(1512〜1515頃)
「干草の車」は、ボスが1512〜1515年頃に制作した三連祭壇画です。
左翼は「原罪」、中央は「乾草車」、右翼は「地獄」を主題にそれぞれ描かれています。
左翼
「反逆天使の天国からの追放」「アダムとイヴの創造」「原罪」「楽園追放」という4つの場面が異時同図法的に描かれています。
前景には大天使が剣を振り上げ、アダムとイヴを楽園から追い払うシーンが描かれており、上空には羽の生えた悪魔が飛び回る様子が描かれています。
中央
中央の巨大な乾草車に群がる人々が描かれています。
これは『イザヤ書』に「人はみな草だ。その麗しさは、すべて野の花のようだ。主の息がその上に吹けば、草は枯れ、花はしぼむ。たしかに人は草だ。草は枯れ、花はしぼむ。しかし、われわれの神の言葉はとこしえに変ることはない」という詩があり、これをもとに描かれたと言われています。
また、フランドルの諺(ことわざ)にも「世界は乾草の山のようなものである。誰も彼もがありったけのものを掴み取ろうとする」という言葉があります。
ボスは干し草に群がる人々を描くことで、人間がいかに物質的な所有欲に取り憑かれているかを表現しました。
乾草車の上では、欲に取り憑かれた人間の隣で悪魔がトランペットを吹き、絶望した守護天使が天国のキリストを見上げています。
右翼
悪魔たちの拷問を受ける罪人の魂が描かれています。
中景には建物の建設作業に励む悪魔たちの姿が描かれており、これは地獄行きの罪人があまりにも多いため、彼らの魂を受け入れる部屋や建築物が不足していることを示唆しているといいます。
両翼を閉じるとパネルの外側には「旅籠を背負った旅人」が描かれています。
「放蕩息子」がモノクロームなのに対してこちらは鮮やかな色彩で描かれており、遠景にはより広大な大地と、欲に溺れた人々が描かれています。
十字架を担うキリスト(1510〜1516頃)
「十字架を担うキリスト」は、1510〜1516年頃に制作された作品です。
「イエス・キリストの受難」を主題としたもので、ボスの最晩年の作品と言われてきましたが、近年の研究では工房の弟子もしくはボスを信奉していた別の画家の作だとする見方が有力になっています。
ゴルゴダの丘まで十字架を背負い歩くキリストの元に、聖ヴェロニカが進み出て、彼の汗を拭うため布を差し出すと、不思議なことにキリストの顔が布に写し取られた、という逸話をもとに描かれており、画面左下の聖ヴェロニカが持つ布には、キリストの顔が描かれています。
キリストとその周囲の人物をクローズアップして描いており、邪悪な人間たちのとは対照的に、穏やかなキリストの表情が印象的に感じられる作品です。
ヒエロニムス・ボスの作品を観ることができる美術館
プラド美術館
プラド美術館は、1819年に開館したスペイン・マドリードにある国立美術館です。
スペイン王室の歴代コレクションを基にして、スペイン・イタリア・フランスを中心に、12世紀から20世紀初頭までのヨーロッパ美術をコレクションしています。
絵画・彫刻・素描・版画・装飾芸術・写真など、幅広い分野の芸術作品をみることができます。
プラド美術館が収蔵するボスの作品の一部
- 愚者の石の切除(1494)
- 干草の車(1500~1505)
- 東方三博士の礼拝(1494)
プラド美術館
住所:Calle Ruiz de Alarcón 23,28014
営業時間:10時00分~19時30分(月~土) 10時00分~18時30分(日)
休館日:1月1日、5月1日、12月25日
公式サイト:https://www.museodelprado.es/en
ウィーン美術アカデミー付属美術館
ウィーン美術アカデミー付属美術館は、1822年に開館したウイーン美術アカデミーに付属する美術館です。
ランバーグ・シュプリンツェンシュタイン伯爵が寄贈した800点のコレクション作品を基にして開館しました。
14世紀から19世紀初頭の絵画を中心に約1600点の作品を収蔵しています。
ウイーン美術アカデミー付属美術館が収蔵するボスの作品
- 最後の審判(~1503)
ウィーン美術アカデミー付属美術館
住所:Schillerplatz 3, 1010 Vienna, Austria
営業時間:火~日の10:00~18:00
休日:月曜日
公式サイト:https://www.akbild.ac.at/de
「ヒエロニムス・ボス」のおすすめ関連書籍
ヒエロニムス・ボス: 奇想と驚異の図像学
「ヒエロニムス・ボス: 奇想と驚異の図像学」は、西洋美術史家で図像学研究をおこなっている神原正明氏の著書です。
図像学を駆使してボスの謎に包まれた作品を紐解いていく内容となっています。
図版が豊富に掲載されているため、作品の鑑賞も楽しめる一冊です。
ヒエロニムス・ボスの世界-大まじめな風景のおかしな楽園へようこそ 150字
「ヒエロニムス・ボスの世界-大まじめな風景のおかしな楽園へようこそ」は、ブリュッヘ美術館の館長で14-16世紀の初期ネーデルラント美術を専門とするティル=ホルガー・ボルヒェルト氏の著書です。
ボス作品を19点を紹介し、140点以上の作品の拡大写真も掲載しています。
絵画のディテールを見ながら、解説を読める充実した内容となっています。
ボスの入門書としておすすめの一冊です。
まとめ
15世紀末から16世紀初めにかけて、レオナルド・ダ・ヴィンチと同時代に活躍したヒエロニムス・ボス。
彼が描いた悪魔や奇想のモチーフは一体どこから生まれたのか、今現在も多くの謎に包まれています。
現存する作品は25点ほどと少ないですが、シュルレアリスムを始めとして多くの芸術家に影響を与えてきました。
ボスの作品を収蔵する美術館は残念ながら日本にはありませんが、ぜひスペインやヨーロッパを訪れる際には、本物のボス作品を鑑賞してみてください。
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