「北方ルネサンス」とは?有名な画家と代表作品について分かりやすく解説
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北方ルネサンスとは?
15世紀後半、イタリアで花開いたルネサンスはヨーロッパ全土に波及しました。
アルプスより北のルネサンス運動は北方美術と呼ばれますが、そのうち15~16世紀にネーデルラントで活動した芸術家とその作品群を「初期フランドル派」といいます。
ネーデルラントとは、現在のベルギー、オランダ、ルクセンブルク、さらにフランス北部、ドイツ西部あたりまでを含む地域を指します。
初期フランドル派が活動した時期は、イタリアの初期・盛期ルネサンスとほぼ同じ時期にあたります。
しかし、初期フランドル派はルネサンスの理念の影響は受けつつも、独自の美術様式を生み出しました。
その特徴として、自然主義、写実主義に基づいた描写の精緻さが挙げられます。
初期フランドル派の画家たちは、光の反射のような自然現象や衣類のひだ、インテリアなど、細部に至るまで正確に再現することに心血を注ぎました。
美術館で古典絵画を見ていて、驚くほど細かい描写の作品に出合ったら、それは初期フランドル派の作品かもしれませんね。
また、描かれたものにさまざまな寓意や象徴が込められているのも大きな特徴です。
画家たちは、当時の信仰や宗教的な理想を表現するために、描く対象それぞれに意味を持たせようとしたのです。
わかりやすい例では、聖母マリアの純潔を表す花々などがありますが、ヤン・ファン・エイクをはじめ、はるかに複雑な寓意を用いた画家もいました。
現在でも、その解釈について議論が続いている作品も多くあります。
活躍したアーティスト
ロベルト・カンピン
ヤン・ファン・エイク
ロヒール・ファン・デル・ウェイデン
ハンス・メムリンク
ヒエロニムス・ボス
油彩技法の発明
現在では、絵画といえば油彩というイメージがありますが、15世紀前半までは、絵画は主に卵黄を固着剤として用いるテンペラで描かれるのが主流でした。
絵の具の固着剤として油脂を使う方法は12世紀ごろからありましたが、その技法に大きな変革をもたらし、油彩を絵画の主流としたのが、初期フランドル派の画家たちです。
テンペラは乾くのが速いため、質感や陰影をじっくり描くのには向いていません。
油彩は乾燥が遅く、乾くまでの間にさまざまな加筆ができ、時間をかけて精緻な表現を追求できる特徴があります。
特に重要なのが、ヤン・ファン・エイクが確立したといわれる「グレーズ」という技法です。
これは、ごく薄く溶いた絵の具を何層にも塗り重ね、深みのある色合いや、滑らかな質感の表現を可能にした技法です。
初期フランドル派の作品にみられる、金属の光の反射や木の床の照り、衣装の質感などの精緻な表現は、このグレーズ技法あってのものなのです。
ヤン・ファン・エイクとその兄フーベルトによる傑作「ヘントの祭壇画」では、光が反射する甲冑や噴水のさざ波、緻密に描かれた植物や建築物など、グレーズ技法を駆使した表現を見ることができます。
「北方ルネサンス」の傑作5選
1.アルノルフィーニ夫妻像
作者 ヤン・ファン・エイク
制作年 1434年
所蔵 ナショナル・ギャラリー
解説
この作品は油彩で描かれた最初の傑作であり、その精密な描写と構成、複雑な寓意、独特の遠近法などから、西洋美術史において非常に重要な作品と位置づけられています。
ドレスのドレープや裾の毛皮の様子、犬の毛並み、鈍く輝くシャンデリアなどが、グレーズ技法を駆使した驚くほどの精密さで描かれています。
さらに、描かれた凸面鏡をよく見ると、描かれた夫妻の後ろ姿と、さらに二人の人物が映っている様子がわかります。
そのうちの一人は、ヤン・ファン・エイク本人といわれています。
描かれている人物は、イタリア人の商人ジョヴァンニ・ディ・ニコラ・アルノルフィーニとその妻で、フランドルのブルッヘ(現在のベルギー)にある彼らの邸宅での婚姻の契約の様子を描いたとされています。
卓越した観察眼と技術で描かれた室内と人物、そして繊細な光の表現を見ていると、自分も画家と同じ場所に立っているような錯覚に陥るほどです。
2.宰相ロランの聖母
作者 ヤン・ファン・エイク
制作年 1435年頃
所蔵 ルーブル美術館
解説
ブルゴーニュ公国の宰相ニコラ・ロランからの依頼で、オータン(フランス)のノートル・ダム・ドゥ・シャステル教会への奉納肖像画として描かれた作品です。
奉納肖像画とは、献納者自身の肖像画を、聖書を題材にしたテーマとともに描き、教会や修道院などに献納するための絵画です。
この作品では、聖母マリアが幼子イエスをロランに差し出して見せている形で描かれています。幼子イエスを膝に抱いて座るマリアの主題は「知恵の玉座」として知られ、ヤン・ファン・エイクが好んで用いたモチーフでした。
屋内は、豪華な彫刻が施された柱が並ぶ回廊(ロッジア)として描かれ、屋外にはブルゴーニュの風景が広がっています。
他のヤン・ファン・エイクの作品と同様に、この作品にもマリアの純潔を意味する屋外の花壇や、「七つの大罪」を表すレリーフなど、さまざまな象徴が散りばめられています。
光は正面と側面から差し込んでおり、ヤン・ファン・エイク独特の複雑な光の表現が見られます。また、床のタイルや人物を比較すると、かなり室内が小さく描かれていることがわかりますが、不思議に圧迫感は感じません。ヤン・ファン・エイクの構図の巧みさが感じられます。
3.メロードの祭壇画
作者 ロベルト・カンピン
制作年 1425〜1428年頃
所蔵 メトロポリタン美術館
解説
ロベルト・カンピン(1375年頃〜1444年)は、初期フランドル派における最初の偉大な画家とされていますが、確実に彼の作品だといえるものは、実はひとつも存在していません。
この作品も、カンピンのオリジナルの複製ではないかと考えている研究者もいるそうです。
この作品は典型的な三連祭壇画で、中央パネルには受胎告知のモチーフが描かれています。座って本を読んでいる聖母マリアは、まだ天使の存在に気づいていない様子です。
これからまさに、天使がマリアに神の子の受胎を告げようとしているシーンが描かれています。
左翼パネルには従者の男性とともに、この作品の依頼者とされるひざまずく女性の姿が描かれています。
右翼パネルに描かれているのは、マリアの夫となる大工のヨセフ。受胎告知をテーマとする作品にヨセフが登場するのは珍しい例です。
この作品にも、数多くの宗教的寓意があると考えられています。
そのひとつが、右翼に描かれているネズミ捕りです。これには、イエスが将来捕縛されること、そして悪魔の誘惑を退けるという意味が込められています。
4.最後の審判
作者 ハンス・メムリンク
制作年 1467〜1471年頃
所蔵 グダニスク国立美術館
解説
ハンス・メムリンク(1430/1440年頃〜1494年)は、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンに師事したとされ、主にフランドルのブルッヘで活躍した画家です。
宗教画にはヤン・ファン・エイクの影響が見られ、豊かな色彩と穏やかで静謐さを感じさせる作風が特徴的です。
この作品は三連祭壇画で、開いた状態で縦2m半ほど、横は3m半を超える巨大なものとなっています。
中央パネルに最後の審判の様子が、左翼パネルには救われた人々が天国へ向かう様子、右翼パネルには地獄へ堕ちていく人々の様子が描かれています。
キリストの足元の球体や、その下で人々を天秤にかけている大天使ミカエルが身につけた甲冑の輝き、天国の扉の緻密な描写などに、初期フランドル派特有の写実・細密表現を見ることができます。
また、最後の審判という劇的なモチーフを描きながらも、どこか優美で静穏な雰囲気は、メムリンク独自の持ち味といえるでしょう。
5.快楽の園
作者 ヒエロニムス・ボス
制作年 1503〜1504年(他説あり)
所蔵 プラド美術館
解説
ヒエロニムス・ボス(1450年頃〜1516年)は奇想の画家として知られています。
その幻想的で奇怪ともいえる作風は、「バベルの塔」で知られるピーテル・ブリューゲルや、20世紀初頭のシュルレアリスムのアーティストたちなど、後世の多くの芸術家に影響を与えています。
彼の作品は聖書のエピソードを題材にしたものが多く、この「快楽の園」もそのひとつとされています。
左翼パネルには神がアダムとイブを結びつける様子が、右翼パネルには地獄の拷問の様子が描かれています。
最も大きい中央パネルには、裸の男女が思い思いに遊びふける様子が描かれています。
これはキリスト教の「七つの大罪」のうちの「好色の罪」を表し、その罪を犯した者が地獄で罰せられるという警告であるというのが一般的な説ですが、その解釈は長年議論の的となっています。
この作品の特色は、何といってもボスの奇想の産物であるさまざまな「化け物」「怪物」の類いでしょう。
地獄を描いた右翼パネルには、ボス自身がモデルとされる男の姿も見られます。
未だに多くの謎に包まれた、人々を不思議に魅了してやまない作品です。
「北方ルネサンス」のおすすめ関連書籍3選
『ファン・エイク Van Eyck NBS-J』
アート専門出版社タッシェン・ジャパンの「ニュー・ベーシック・アート・シリーズ」の1冊。コンパクトながら美術全集のように充実した内容となっています。
作品はもとより、現時点での研究成果を反映した時代考察や、ファン・エイク兄弟の工房についての解説など、さまざまな角度からヤン・ファン・エイクの芸術を知ることができます。
価格¥25,859 タッシェン・ジャパン
● 読者の感想
“フランドル絵画の王者”
本書は、現存数が少ない画家の作品を丁寧に紹介している点で、星五つ。
画家最大の仕事であるヘントの祭壇画も、パネル毎の解説がとても分かりやすく、シントバーフ大聖堂を訪れる際は、是非持参されたし。
“まるで異星人のような、突然の成立、完成、表現、実現。”
彼の絵画が、大きく鮮明な図版で目の前に広がっていく様は驚異的。
何でこの時代に、このように完璧で人間的で写実的でロマン的で幻想的で象徴的な作品が描かれたのか。<中略>画家の秘密の経歴がさらに興味をかき立てる。生年も不明、数度にわたる密命を帯びた極秘旅行では、年帽の4倍の特別給与をブルゴーニュ公から受けている。西洋中世という時代の制約からまったく自由になっているかのような画業に目をひたす喜び。訳文も自然で読みやすい。”
『個の礼讃―ルネサンス期フランドルの肖像画』
ファン・エイクやファン・デル・ウェイデンで頂点をきわめた初期フランドル派は、「聖なるもの」「敬うべきもの」であった絵画を大きく変容させました。
その代表的なものが、個々の人間を描く肖像画です。肖像画が生まれた背景を丹念に追いながら、「美の概念」の変貌を探る1冊です。
価格¥3,132 白水社
● 読者の感想
“大学のセミナーには最適”
絵画における北方ルネサンスは、何をなしとげたのかということを解明した優れた著作である。カンパンとファン アイクが何を開拓し発見したのかを叙述する「断絶」の章は圧巻である。
“個=唯一無二性”
著者は、絵画における個(唯一無二性)が15世紀ネーデルランド絵画によって完成したことを論証する。個は、空間、背景、人物、表情など全てに存在する。ローベール・カンパンによって従来の絵画と「断絶」し、ヤン・ファン・エイクによって「成就」し、ファン・デル・ウェイデン等に引き継がれると論ずる。15世紀ネーデルランド絵画に興味のある方にとっては、非常に示唆にとんでいる。
『「快楽の園」―ボスが描いた天国と地獄』
「快楽の園」をはじめ、「放蕩息子」「聖アントニウスの誘惑」など、ボスの主要作品をすべて収録。最新の研究により、謎に満ちたボスの生涯・芸術を読み解く、ボス入門書の決定版です。
ダ・ヴィンチと同時代にオランダに生まれ、シュルレアリスムを先取りしていたともいわれるボスの奇想の世界を紹介する1冊です。
価格¥3,841 新人物往来社
● 読者の感想
“ボスの絵画の魅力の虜に・・・”
「快楽の園」はあまりにも有名ですが、その他の作品を細部に至るまで観賞してこなかったこともあり、本書のようにクローズアップして解説してあると、その風変わりで魅力的な絵画を十二分に感じ取ることができました。
“あっという間に読み終えられました”
ボスの絵が気になって、彼の描く絵画にはどういう意味があるのかを知りたくて購入しました。
初めに全体の絵を出し、解説をしてその後拡大された絵が出てくる、の繰り返しです。ボスの絵をもっと拡大して見てみたいな〜といつも思っていたので嬉しい限りです(*^^*)
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