2018/08/27

太陽の塔岡本太郎   
   アート    

岡本太郎の代表作品20選

「芸術は爆発だ!」
岡本太郎の代表作20選

1911年に出まれ、亡くなる1996年まで芸術の世界を席巻してきた日本を代表する画家、岡本太郎。
その名を聞けば、誰しもまずは「太陽の塔」を思い浮かべるのではないでしょうか。

岡本は1929年にパリに留学、1960年代にメキシコを訪れると、70年の大阪万国博覧会で「べらぼう」なものを作りたい、と「太陽の塔」を制作しました。

岡本の希望通り、その「べらぼう」さは評価され、「太陽の塔」は永久保存されることが決定されています。
2018年の春には太陽の塔の内部公開が開始。岡本太郎ブームが再燃しています。


ソース

岡本太郎は、人権や権威に対して敏感で、誰よりも個人の権利と自由を訴える人でした。

そんな彼の芸術への持論は、目が離せないくらい見るものを引きつける作品を作ること。

「芸術は爆発だ!」のイメージが先行してしまい、「変なおじさん」として認識されることもしばしば。
しかし、岡本太郎の作品には太陽の塔のほかにも注目すべきものがたくさんあります。

今回は、岡本太郎の代表作品を20に厳選してご紹介。

それぞれの作品から、新しい岡本太郎を発見できるかもしれません。一緒に彼の世界観をのぞいてみましょう。

 

 

1.痛ましき腕

 

1932年パリ、岡本は自身の画家としての進むべき道に迷っていました。

ある時、あピカソの抽象静物画「水差しと果物鉢」を目にします。これを機に、岡本は抽象画を描きはじめるようになりました。

ところが、抽象・創造協会に参加するも、自身の抽象表現に、再度行き詰まってしまうのです。

模索の上、1936年に「痛ましき腕」という作品を発表。
このリボンは自分を押さえ付けているモノでもあり、がんじがらめの周囲を意味していたかもしれません。

この絵には武器を持って争う時代の影と、それに対する反発がかいま見えるようです。
強く握られた拳は、戦争に向かおうとしていた時代に対する、岡本なりの心情が現れているのではないでしょうか。

● 制作年 
 1936年(1949年再制作)

● 所蔵 
 川崎市岡本太郎美術館

 

2.顔

 

岡本はさまざまな作品で「顔」をモチーフにしていますが、こちらは立体作品として、全部で3点制作された「顔」。そのうち一つは現在、岡本太郎の父・一平の墓碑となっています。

岡本太郎は、第二次世界大戦によって強制的にパリから帰国し31歳の時に徴兵されました。
中国での軍隊生活から帰還した彼ですが、
空襲によってパリ時代の作品は全て消失しています。

終戦後に作られたこの作品は、先の戦争やそれによる死を意識しているようにも見えます。

また、父親の墓碑であると同時に、母・かの子への想いも反映されているのではないでしょうか。

● 制作年 
 1952年

● 所蔵
 川崎市岡本太郎美術館

 

3.夜

 

紺の、不気味な樹木に囲まれるように、背中にナイフを隠し、1人立つ女性。
その目の先には、稲妻のような真っ赤な火が燃えています。

印象的な「夜」は、花村誠輝などの前衛画家が集まる研究会「夜の会」の名前にも使われたことでも知られています。

絵の中の女性は、ナイフを握りしめてどこに行くのか、そこにはどのような結果が待っているのか。
文学的な意味を示唆する作品として今も人気があります。

ちなみに岡本はこの「夜の会」のメンバーで、その後、生涯の伴侶となる平野敏子(岡本敏子)と出会っています。

● 制作年 
 1947

● 所蔵
 川崎市岡本太郎美術館

 

4.森の掟   

 

岡本太郎が提唱した主義の中に、「対極主義」というものがあります。

「対極主義」というのは、「芸術家は、対極する要素を一つの作品に共存させるべき」という考え方で、当時多くの画家が「無機質と有機質」「抽象と具象、静かと動」など、相反するものを同じキャンバスの上に表現した作品を発表しました。

すると作品は「不協和音を奏でながらも、一つの画面に共生する」(『アヴァンギャルド芸術』美術出版社 1954年)ようになります。

この対極主義は、岡本の芸術感にもなりました。「森の掟」には、画面の真ん中に現代技術が生み出したチャックを体に縫い込まれた怪物が、恐ろしい目をして、平和を襲っている様子が描かれています。

● 制作年 
 1950

● 所蔵
 川崎市岡本太郎美術館

 

5.無籍動物

 

目がくりぬかれた印象的な作品、「無籍動物」。

どの動物とも判断のできない作品は、岡本の自分自身に対する思い、何者にも属さないという気持ちが生み出したものではないでしょうか。

後ろ姿も動物とはいえ、何なのかわかりません。とはいえ、かわいいので一見の価値があります。
高さ
1.4mの彫刻は、岡本の彫刻としてのはじめての作品といわれています。

長野県の「白鳥園」にひっそりとありますので、訪れる機会があればぜひ本物を確かめてみてはいかがでしょうか。

● 制作年 
 1959

● 所蔵
 長野県白鳥園

 

6.坐ることを拒否する椅子

 

信楽焼きのこの椅子は、非常に座りにくい椅子です。
座面に顔があるため、まるで椅子自身に意思があって、座りに来る人を拒否しているようにも見えます

岡本太郎にとって「生活」とは、ただ快適な空間でずるずると暇を持て余すことではなく、「いかに人間らしく生きるか」が重要なテーマでした。

「椅子というのは、ソファのように座って休むべきものではない」「むしろ、切り株のように、ちょっと腰掛けて足に一息つかせる程度のもの」と彼は考えていました。

岡本太郎は絵画、彫刻だけでなく、デザインにも自身の哲学を反映し、社会、人間に対するアンチテーゼを投げかけたのでした。

● 制作年 
 1963

● 所蔵
 川崎市岡本太郎美術館

 

7.歓喜の鐘  

 

こちらの作品は、徳川家康ゆかりの久國寺というお寺の境内に梵鐘として吊るされています。

上部にいくつものツノが突き出ている鐘は、まるで見る人を突き刺すように恐れさせ、ひれ伏させるイメージがあります。

上部は、腕を突き出した幾人もの人間の、下部には仏やさまざまな動物などの森羅万象が描かれてていて、マンダラをイメージしているのだとか。

一度鐘を鳴らすと、その設計の効果か、共鳴しあっていつまでも余韻が響くのだそうです。

東京都青山にある岡本太郎記念館にもこの梵鐘のレプリカがあり、直に鳴らすことができます。

● 制作年 
 1965

● 所蔵
 久國寺(名古屋)

 

8.午後の日

 

東京都多磨霊園にある岡本太郎自身の墓碑にもなっている作品、「午後の日」。

彼独特の瞳のくりぬかれた目。頬杖をついたその子供のような顔は、笑顔でおだやかな幸せに満ちているように見えます。

岡本太郎の死に際して、この作品を墓標を選んだのは、晩年までともにいた敏子さんでした。

マスコミやメディアに対するサービスが満点で、カメラを向けられるとすぐに「岡本らしい」ポーズをとったという岡本太郎。

派手なパフォーマンスの半面、敏子さんの隣ではいつもこのようにおだやかな表情だったのかもしれませんね。

● 制作年 
 1967

● 所蔵
 東京都多磨霊園

 

9.明日の神話

 

「太陽の塔」と同時期に制作され、対の作品と言われている「明日の神話」。

メキシコで製作された本作は長年行方不明となっていましたが、最愛のパートナー・敏子さんの尽力で2003年に発見、修復を経て、渋谷マークシティの京王井の頭線渋谷駅とJR渋谷駅を結ぶ連絡通路に恒久設置されました。

この作品は、1954年にアメリカの水素実験で被曝した「第五福竜丸」と、それから立ち上がろうとする人間の強さが描かれている作品として、岡本太郎作品の中でも高く評価されています。

● 制作年 
 1968年〜1969

● 所蔵
 渋谷駅

 

10.太陽の塔

 

1970年に大阪で行われた日本万国博覧会の目玉といえば、岡本の製作した「太陽の塔」といっても過言ではないでしょう。
現在も万博記念公園で見ることができます。

高さは70m
塔の中は、「生命の樹」という生物の進化に沿った展示になっています。

万博の期間は、黄金の目がサーチライトのように光っていました。
また、「太陽の塔」には3つの顔があり、それぞれ、金色に輝く未来を望む「黄金の顔」、現在を表す「太陽の顔」、過去を表現する「黒い太陽」、と名前がつけられています。

太陽の塔は過去から未来へのエネルギーを象徴すると共に、万国博覧会の目玉でもありました。

ちなみに、前述した「明日の神話」とは対の作品となっているのだそう。
何が岡本にとって「対」と呼ばせたのか、見比べてみるのも良いかもしれません。

● 制作年 
 1968年〜1970

● 所蔵
 大阪・万博記念公園

 

11.若い太陽の塔

 

園内には、「太陽の塔」のプトタイプといわれる1969年の作品「若い太陽の塔」。

この作品は、岡本作品の中では3番目に大きい作品になります。

若い太陽の塔がある場所は、愛知県犬山市にある日本モンキーパーク。
アトラクションなどもあり、子どもに人気の公園です。

● 制作年 
 1969

● 所蔵
 愛知県犬山市日本モンキーパーク

 

12.ノン

 

日本万国博覧会において太陽の塔の内部に展示された、「ノン」という作品。

まるで異星人のようなギザギザの歯をした生き物が、両手のひらをこちらに向けて、拒否のポーズをしています。

「ノン」というタイトルが否定しているのは、はたして「既成概念」でしょうか、「戦争」でしょうか、それとも「急激な経済成長によって豊かになった社会」でしょうか。

見る人によって、時代によって、それぞれに多くの疑問を投げかける作品です。

● 制作年 
 1970

● 所蔵
 川崎市岡本太郎美術館

 

13.生命の樹  

 

「太陽の塔」の中に作成された「生命の樹」。

アメーバのような原始動物から、恐竜やクロマニヨン人など、完成当時は292体の模型がありました。

天井までの高さは41メートル。
館内には黛敏郎作曲「生命の賛歌」が流れ、参加者はエスカレータを登って、生命の進化を見ることができたそうです。

2018年に補強工事などが終了した後、一部が常設展示となりましたが、現在は階段でのみ上に登ることができます。

● 制作年 
 1970

● 所蔵
 大阪・万博記念公園「太陽の塔」

 

14.母の塔

 

母親かの子に対する愛憎念を抱き続けた岡本太郎。

「大地に深く根ざした巨木のたくましさ」と「ゆたかでふくよかな母のやさしさ」、「天空に向かって燃えさかる永遠の生命」をイメージし、母親への思いを心のままに再現したのが、この「母の像」です。

1964年に岡本は故かの子への文学碑を作成しましたが、この「母の塔」はその近くに設置されています。

表面には陽に当たると輝く真珠色のクラッシュタイルが使用されている他、像全体が4つの脚で支えられているので、下から潜って見ることも可能です。

全体的にたおやかな曲線でデザインされた像は、近くで見ると温かい母の愛情に包まれているような感覚になります。

● 制作年 
 1971

● 所蔵
 川崎市立岡本美術館

 

15.飛行船「レインボー号」

 

「レインボー号」と呼ばれるこの飛行船は、1973年にドイツから輸入され、それを買い取った清水ハウスが宣伝活動として、岡本にデザインを依頼したものです。

アバンギャルドなデザインで、目玉模様や原色など、他の飛行船には見られない独自のデザインが施されています。

当初は「清水ハウス」の名前を入れるはずでしたが、

大空はみんなのものだ。

そこに広告を入れて飛ばすなんてけしからん!

と岡本太郎は大反対。
清水ハウスがそれを受け入れ、宣伝用飛行船としては異例の会社名や商品名の入っていない機体として日本の空を飛びました。

● 制作年 
 1973

● 所蔵
 *見学不可

 

16.顔のグラス

 

「顔のグラス」はキリン・シーグラムより販売されたブランデーのノベルティ。

「グラスの底に顔があってもいいじゃないか」

という岡本らしい発想で、一杯飲んだあと、ご褒美のように、グラスの底から顔が登場します。

このノベルティには、岡本のメッセージも配布されたというから、レアものです。

ファンにとくに人気なのは、「太陽の塔」をモチーフにしている2代目のデザイン。
冗談なのか、ブランデー好きへの愛橋なのか、実際の「太陽の塔」よりも少々可愛いデザインになっています。

● 制作年 
 1976

● 所蔵
 *個人蔵 現在も購入可能

 

17.太郎河童神像

 

岡本太郎作品をモチーフにしたガチャガチャでもファンに人気の作品「太郎河童神像」。

この作品は、青森県にある星野リゾート奥入瀬渓流ホテルの敷地内にあります。

このホテルは、岡本太郎がデザインしたマントルピースが館内にあったり、屋外にも作品が多く展示されていることで有名です。

頭からは河童の方な笹の葉状の髪の毛のようなものが生え、大きな口に、空洞になった目が特徴的。

その両手は作品「ノン」と同じく否定のポーズをしています。

同じ作品は、東京青山にある岡本太郎記念館でも見ることができます。

● 制作年 
 不明

● 所蔵
 不明

 

18.呼ぶ赤い手、青い手

 

相模原市が、商店街を活性化しお客を伸びこむために、岡本個人に依頼された対の作品です。

はっきりした色合いが目立つ作品で、赤い手のひらはパーの形に開いていて、青い手のひらは、指が少しばかり曲がっています。

共通点は両方ともユーモラスな顔が書いてあること。
手は岡本が好きだったモチーフ。
その分、この商店街の活性化に協力しようとしたのでしょうね。

● 制作年 
 1982

● 所蔵
 模原市中央区相模原6丁目 買物公園通り

 

19.こどもの樹

 

2015年に閉館してしまいましたが、青山はこどもの城にあった「子どもの樹」。

岡本はもともと、子ども創作活動に非常に興味を持ち、尽力してきました。
その岡本が
1985年のこどもの城会館に合わせて作成した作品が「こどもの樹」です。

他の岡本の作品と違い、さまざまな顔が、それぞれひょうきんに、また、まるで子どものような突拍子もない色をつけられているのが特徴でした。

この彫刻をお好きな方もいらっしゃると思いますが、子どもの城閉館以降、売却を含め、これからどうなるかわからない状態です。
いい作品だけにもったいないですね。

● 制作年 
 1985

● 所蔵
 青山こどもの城

 

20.喜び

 

岡本が生まれ故郷川崎市の小学校に残した「喜び」像。

子どもが丸いボールに乗り、天にむけてリボンを掲げています。
こちらは、昭和
60年(1985年)、川崎市立藤崎小学校創立30周年を祝って制作されたもの。

いかにも明るく、無邪気で、生きることに喜びを感じている、といった様子が伝わってきます。

実際、岡本自身も、さまざまなことがありつつも、そのように生きてきたのではないでしょうか。

この「喜び」の像は、児童には「リボンちゃん」と呼ばれ、愛されています。
普通の市立小学校の中にありますので、無断での立ち入りは厳禁です。

● 制作年 
 1985

● 所蔵
 川崎市立藤崎小学校。

 

岡本太郎についてもっとくわしく

独自の世界観で自分の芸術を貫いた岡本太郎。晩年まで精力的に創作活動を行った彼の作品は、今も日本の全国各地に残っています。

岡本太郎の作品に触れたい方は、太陽の塔だけでなく、都内で見られるパブリック作品や、岡本の作品が一番多く所蔵されている川崎市立岡本美術館、岡本太郎のアトリエを改装した岡本太郎記念館なども訪れてみてはいかがでしょうか?

 

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