有名な浮世絵師11人とその代表作を解説
浮世絵といえば、世界的な画家であるゴッホも心酔し、自らの作品にも取り入れた絵画。みなさんはそんな浮世絵についてどのくらい知っていますか?
江戸の時代に、多くの庶民の娯楽として親しまれた「浮世絵」。浮世絵師が人気の人物や話題の場所などの流行を描き、当時の人々にはブロマイドの代わりに親しまれていました。
今回は、そのように庶民に愛されながらも、圧倒的な美意識の高さを誇った浮世絵の巨匠11名と、その代表作についてご紹介します。
今も色褪せない浮世絵の魅力を知れば、当時の人々の考えやものの見方、そして現代とのつながりも感じることができるはずです。それでは実際に、浮世絵の世界を覗いて行きましょう!
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「浮世絵」とは?
江戸の大衆メディアとして人々に愛された「浮世絵(うきよえ)」。そのはじまりは17世紀後半にあると言われています。
浮世絵の「浮世」という言葉は、もともとは長く続いた戦乱の世を憂いていた「憂世」からなります。
江戸になり世の中が安定してくるに連れ、町人たちを中心に”浮き浮きと毎日を暮らそう”という風潮に変化し、「浮世」というポジティブな考え方が浸透、そこから画家たちは人々の日常を切り取って行ったのです。これが「浮世絵」です。
浮世絵に多くみられる版画は絵師、彫師、摺師から成る分業制で、この制作は浮世絵が広く庶民に行き渡る基礎となりました。
価格も蕎麦一杯分ほどで、若者からお年寄りまで多くの人が手に入れることができました。
これは絵草紙屋と呼ばれる町の本屋さんで買うことができ、人気の作品は増刷を重ねました。
さらには1867年・パリでの万国博覧会をきっかけに、ジャポニズムと呼ばれるブームが起こり、西洋画家であるゴッホやクロード・モネはじめ多くの外国人にも親しまれました。
様々な技術が進んだ現代においても、浮世絵の技術は日本独自のもので、その細やかさは手作業でしか形にすることができません。職人の手から手へと、その技術は現在も語り継がれています。
知っておきたい有名浮世絵師11選
ここからは、知っておきたい有名浮世絵師を年代順にご紹介します。
1.菱川 師宣
菱川 師宣(ひしかわもろのぶ)は、浮世絵を確立させた「浮世絵の祖」。
挿絵としてしか認識されていなかった浮世絵版画を、独立した1枚の絵画として価値を見出しました。
経歴
寛永年間の中頃(1630年頃)
安房国保田(千葉県鋸南町保田)生まれ。
幼い頃より絵を描くのが好きだった。
家業である縫箔刺繍業の手伝いとして刺繍の下絵などを描きながら、漢画や狩野派、土佐派などに接し、独学で画技を磨く。
寛文年間 (1661~73)
画家を志して江戸へ。幕府や朝廷の御用絵師たちの技法を学ぶ。その後、版下絵師として活躍。
挿絵を大きく取り入れた絵本で庶民の人気を獲得、絵画文化の庶民化の礎を作る。これが後に浮世絵絵画の元となる。
元禄7年(1694)6月4日
江戸にて亡くなる。
代表作
「見返り美人図」
江戸時代・17世紀,東京国立博物館蔵
浮世絵と言われて、この「見返り美人図」を一番に思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
菱川師宣の肉筆画の中で最も評価が高いと言っても過言ではない、代表的な浮世絵です。
1948年には切手としても発行され、切手ファンにおいてもプレミアの付くものとなっています。
緋色の衣装をまとった美人がふと見返る一瞬を切り取ったこの作品は、多くの江戸の人の心を引きつけ、「菱川ようの吾妻おもかげ(意味:師宣の美女こそ江戸女)」と言わせるものでした。髪型や服装も、当時の流行を表したものとされています。
また他に類を見ない印象的な構図も、この作品の魅力となっています。
落款は「菱川友竹」。晩年、師宣は「友竹」の号を使っていたとされていますが、詳しいことはわかっていません。
「歌舞伎図屏風」
江戸時代・17世紀,東京国立博物館蔵
師宣の晩年の作品とされているこちらの屏風。
向かって右には芝居小屋「中村座」の入口から舞台と観客席が描かれ、左には楽屋とこれに繋がる茶屋という構成で表現されています。この綿密な描写の中に、師宣らしさの詰まった様々な姿の285人がいきいきと描かれているのが印象的です。
また「紙本金地著色歌舞伎図屏風」として重要文化財に認定されており、款印こそ伴ってはいませんが、今日の研究では師宣の作品とされている名品です。
2.鳥居清長
鳥居清長(とりいきよなが)は役者絵の名門、鳥居派の四代目。役者絵と美人画の両方を描き、鈴木春信と喜多川歌麿にはさまれた天明期を中心に活躍しました。
堂々たる八頭身の美人画は、世界的にも高い評価を得ています。また、歌舞伎の舞台上の光景を描く「出語り図」も多く制作しました。
経歴
宝暦2年(1752年)
江戸本材木町(東京都中央区京橋)に生まれる。
明和4年(1767年)
細判紅摺絵でデビュー。
天明(1781年〜1789年)期
八頭身でどっしりとした体つきの健康的な美人画様式を創り上げる。
文化12年5月21日(1815年6月28日)
64年の生涯を終える。
代表作
「当世遊里美人合 たち花」
江戸時代・18世紀,東京国立博物館,江戸東京博物館蔵
8頭身、または9頭身と思われる抜群のプロポーション。清長が描いたこのような特徴のある美人たちは、現代においては「江戸のヴィーナス」と呼ばれています。すらりとした長身、長い手足。眉も濃く、切れ長の目も印象的です。現代にも通じる美人のように感じますね。
またこのシリーズは、橘町を扱った図が6図あります。もともと美人画においては吉原に主題をおくことが多く、吉原以外の岡場所風俗を取材した作品が多くなったことも見て取ることができます。
「袖の巻」
天明5年(1785年),国際日本文化研究センター蔵
「袖の巻」はいわゆる春画。全12図から成ります。
この作品で最も変わっているのが、縦12cm、横67~73cmと、横に長い珍しいサイズです。この横長スタイルのおかげで、くるくると巻いて着物の袖に入れ持ち歩くことができました。春画は「勝ち絵」とも言われ、縁起物としても親しまれ、結果として、趣味人がお守りとして持ち歩くこともあったのだと言います。
また、この極端に細長い画面に、顔と性器を同じ大きさで正面から描くことで、効果的に魅せています。
エロティシズム表現というだけでなく、ユーモアや情感、遊び心が見られる春画は、海外の人々の日本人のイメージを一新させ、その絵の美しさが評価されています。
3.喜多川歌麿
美人画の浮世絵師として有名な喜多川歌麿(きたがわうたまろ)。
黄表紙の挿絵や錦絵を描いた後、町娘や遊里の女性たちを魅力的に描き、浮世絵美人画の第一人者となりました。
表現の制約に屈することなく常に攻めの姿勢を見せましたが、文化元年(1804)、風紀取締りの処分(一説に入牢3日、手鎖50日の刑)を受け、その二年後にこの世を去りました。
経歴
生年、出生地、出身地など不明だが、宝暦3年(1753年)頃に生まれたと予測される説もある。
安永4年(1775年)
役者絵や絵本の制作
安永6年(1777年)
錦絵として、細判「すしや娘おさと 芳沢いろは」を初作。
寛政2年(1790年)か寛政3年(1791年)
美人絵を制作。人気を博す。
文化元年(1804年)5月
豊臣秀吉の醍醐の花見を題材にした浮世絵「太閤五妻洛東遊観之図」を描いたことがきっかけで幕府に捕縛され、手鎖50日の処分を受ける。
文化3年9月20日(1806年10月31日)
54年の生涯を終える。処分から2年後のことであった。
代表作
「婦人相学十躰 ポッピンを吹く娘」
江戸時代・18世紀,東京国立博物館・ホノルル美術館・メトロポリタン美術館所蔵
描かれたのは当時大流行していた市松模様の着物を着た町娘。寛政2~3年頃(1790〜91)に発表された「婦女人相十品」シリーズの1つです。
「ポッピン」とは「ビードロ」のこと。フラスコ型のガラス性玩具で、こちらも江戸時代に流行しました。また、繊細な生え際も見どころの1つ。最も難易度が高いとも言われています。
「寛政三美人(当時三美人)」
1793年頃,ボストン美術館蔵
ここで描かれたのは、寛政の三美人とされた、富本豊ひな、難波屋おきた、高島屋おひさという、当時を代表する三人の女性です。
「豊ひな」は吉原の芸者で、富本節を語る美人芸者として名をはせました。「おきた」は浅草隋身門前の水茶屋の娘。三美人の中で最も人気があったとされています。そして「おひさ」はおきたよりも一つ年上。「名も高島のおひさうつくし」と謳われました。
こちらの三美人も先ほどと同じく、難易度が高いとされていた生え際を繊細に美しく描いているのが印象的。彫師の腕の見せ所でもあります。
4.葛飾北斎
「世界の北斎」として生前より外国で知られていた葛飾北斎(かつしかほくさい)。19世紀中頃の万国博覧会をきっかけとしたジャポニズムブームから、印象派誕生のきっかけを作ったとも言われています。
90年に及ぶ長い人生のうちに、90回以上引越しをしたと言われる北斎。そのほとんどを「すみだ」で過ごし、作品を作ってきました。
2016年には北斎ゆかりの地として、墨田区に「すみだ北斎美術館」が建てられ、開館の半年後に当初の想定年間来館者数だった20万人を達成するなど、今も多くの人に愛され続けています。
経歴
宝暦10年(1760年)
本所割下水(東京都墨田区)に生まれる。6歳頃から絵を描くことに興味を覚える。
安永7年(1778年)
勝川春章に入門。勝川春朗の雅号で浮世絵の世界に登場する。
文化9年(1812年)から文政12年(1829年)
「ホクサイ・スケッチ」の名で世界的に有名な『北斎漫画』の制作はこの期間とされる。
天保元年(1830年)から天保4年(1833年)
「冨嶽三十六景」などの風景版画や花鳥画など、有名な錦絵の制作はこの期間とされる。
嘉永2年(1849年)
90年の生涯を終える。
代表作
「富嶽三十六景」
『神奈川沖浪裏』1831年,山口県立萩美術館・浦上記念館蔵
1831年〜1833年頃に出版されたのが、北斎の傑作とされる「富嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい」。全図に富士山が描かれ、それぞれに個性的な存在感を放つ姿は多くの人を魅了し続け、「風景画」というジャンルを確立させました。
もともと、題名の通り36図出版されましたが、後から10図が追加。最終的に46図のシリーズとなっています。
1831年に制作された『神奈川沖浪裏』は、北斎が何種類も描いてきた波の作品の中でも堂々とした構図に静と動が交錯し、迫力を誇ります。まるで鷹の爪のように描かれた波頭も印象的で、勢いに満ちた瞬間を切り取っています。
「北斎漫画」
『北斎漫画』三編 1815年 江戸東京博物館蔵
北斎のライフワークであったとされる「北斎漫画」。北斎が絵手本として発行しました。総図数は約3900で、人間や自然、神仏妖怪など、多くのものが描かれており、「絵の百科事典」と呼ばれるにぴったりの内容です。北斎の卓越したデッサン力は正確かつ緻密なもので、当時の人が手に取りたいと強く願ったものでした。
海外でも「ホクサイ・スイッチ」と呼ばれ、多くの人が手本にしました。
画像の三編の中の見開きでは、すずめ踊りをする男性の動作を一つ一つ丁寧に描写しています。まるでパラパラ漫画のようで、見るだけでも十分に楽しむことができます。
5.東洲斎写楽
わずか10ヶ月の期間に、140点前後に及ぶ浮世絵を世に送り出し、忽然と姿を消した「東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく)」。
謎多き存在の写楽ですが、躍動感に満ちた役者絵は、現代人の目を惹きつけてやみません。
その謎に包まれたキャラクターから、写楽を題材とした小説やドラマ、映画、そして演劇も多く生まれています。
経歴
生没年などは謎に包まれ、経歴は不詳だが、阿波徳島藩お抱えの能役者斎藤十郎兵衛とする説など諸説ある。
寛政6年(1794)5月からの約10か月間に約140点前後の役者似顔絵、および数点の相撲絵を描く。
代表作
「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」
江戸時代・寛政6年(1794),東京国立博物館蔵
写楽作品の中でも最も有名なものがこちら。寛政六年五月、河原崎座上演の「恋女房染分手綱」に登場し、悪人鷲塚八平次の手下の役を描いた作品です。
適役としての凄味を感じさせる表情は、一文字に結ばれた口や紅隈で限られた二つの鋭い眼、大きく広げた手の平など、一瞬で見るものを引きつけます。
色彩も鮮やかで、その派手さが歌舞伎における適役らしさを引き立てています。
ここに描かれた大谷鬼次(おおたに おにじ)は五代続いた歌舞伎の名跡。初代鬼次は江戸時代中期の享保二年に生まれました。羽織には『丸十に鬼の字』が描かれています。
「市川鰕蔵の竹村定之進」
江戸時代・18世紀,東京国立博物館蔵
寛政6年(1794)の5月に河原崎座で上演された「恋女房染分手綱」の一場面、前半の山場である「道成寺」の主役で能師役の竹村定之進を描いたのがこの作品です。竹村定之進は自らの娘の不義密通が明るみに出て、謝罪の為、娘の身代わりとなって切腹をする役どころでした。
演ずる市川鰕蔵は、5世市川団十郎を指します。彼は当時の歌舞伎役者の中でも「極上上大吉無類(意味:これ以上最高の役者は他にいない)」という最高位に至る名優でした。
その類い稀なる風格を描いた写楽。立派な体格や顔の表情と彫りの深さ、衣装の襟や袖の曲線の勢いの良さ、リズミカルな表情が私たちを引きつけます。日本のみならず、海外でも有名な作品です。
6.歌川国貞
歌川国貞(うたがわくにさだ)は22歳で浮世絵界にデビューしてから79歳で亡くなるまで、歌舞伎や吉原、当時の文化風俗など、江戸文化のすべてと言っていいほどに多くをを描き、浮世絵界のトップを走り続けました。その人気は国芳や広重を押さえてNo.1であったと言います。
経歴
天明6年5月19日(1786年6月15日)
江戸本所の竪川の五ツ目(東京・墨田区)に生まれる。
15、6歳で豊国の門下に入る。歌川を称し、後に国貞と名乗るようになる。
文政12年(1841年)
この年に刊行の柳亭種彦作『偐紫田舎源氏』の挿絵が「源氏絵」ブームを巻き起こす。
弘化元年(1844年)
一陽斎豊国と襲名。工房を安定させ、多くの作品を出版する。
元治元年12月15日(1865年1月12日)
79年の生涯を終える。
代表作
「江戸名所百人美女」
安政4年11月,江戸東京博物館蔵
こちらの制作が行われていたのが、浮世絵版画が技術・美術としても最高レベルに達していた江戸末期。人物部分を三代目歌川豊国(国貞)、美人画に添えられている名所絵を描いたのは二代目歌川国久でした。
百人の美女を通して江戸の女性の生き方や暮らしを味わうことができる作品です。
「御あつらへ三色弁慶」
万延元年(1860),太田記念美術館蔵
今から150年も前に制作されたとは想像し難いほどに、モダンな雰囲気を纏った作品。
三色の格子柄とグラデーション、その前に佇むポーズをしっかりと決めた三人の役者。現代のデザインと言ってもおかしくないようにも思われるどころか、さらに先を行くデザインにも感じます。
人物の髪の生え際など、細やかな職人の技が光る名品です。
7.歌川広重
風景画家としての地位を確立させている歌川広重(うたがわひろしげ)。実ははじめ、美人画や武者絵、おもちゃ絵、役者絵など幅広く活動していましたが、ふるわなかったのだと言います。「東海道五十三次」や「名所江戸百景」といった代表作は、日本のみならず海外でも広く知られています。
広重にまつわる美術館も、静岡県の静岡市東海道広重美術館、栃木県の那珂川町馬頭広重美術館、岐阜県の中山道広重美術館、岐阜県の広重美術館と複数存在し、彼の作品にまつわる土地やその人々からも愛されていることがわかります。
経歴
寛政9年(1797年)
江戸・八代洲河岸(東京都千代田区)に生まれる。
文化8年(1811年)
初代歌川豊国の門に入ろうとするが、門生満員で断られる。歌川豊広に入門する。
文政元年(1818年)
一遊斎の号でデビュー。
天保3年 (1832年)
公用で東海道を上り、絵を描いていたとされるが、諸説ある。
安政5年(1858)9月6日
62年の生涯を終える。
代表作
「東海道五十三次」
『東海道五十三次 日本橋 朝之景』保永堂版は1833年〜1834年,江戸東京博物館蔵
当時、北斎の「冨嶽三十六景」の人気を受けて、浮世絵の風景画が流行しつつあった天保4年(1833)頃から制作されたと考えられているのが「東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)」です。
東海道とは、江戸に徳川家康によって作られた五街道のうちのひとつ。東海道には現在の東京〜京都まで53の宿場があり、それを東海道五十三次と呼んでいます。
広重はそれぞれの宿駅ごとに、季節感のある描写と共に郷土色も濃く表現して行きました。その数は全55図とされています。
「広重ブルー」と呼ばれる青の世界が描かれたのもこの作品です。海外から輸入されたベロ藍(ベルリンブルー、プルシアンブルーとも呼びます)という絵具を用いて、美しい夜空や水の青を表現しました。
「名所江戸百景」
『大はしあたけの夕立』安政3年(1856年)2月〜同5年(1858年)10月,江戸東京博物館蔵
広重晩年の作品です。
風景画や花鳥図を多く描いてきた広重でしたが、最後にたどり着いたのは江戸の名所絵の連作でした。四季折々の江戸の表情を豊かに描きながらも、鳥瞰図や遠近法など、新しい表現技法を多く取り入れた試み溢れる作品でもありました。
中でも『大はしあたけの夕立』はゴッホが模写したことで有名です。ここでの「大はし」とは隅田川に架けられていた「新大橋」のこと。激しく降り出した夕立に、傘やむしろをつけて急いでいる人々の姿を描いています。ここで雨を表現している線は角度と濃さを変えて2種類あり、奥行きを感じさせます。
8.歌川国芳
「奇想の絵師」として、そのユニークな作風が親しまれた国芳。
自身が大好きであった猫を描いたり、魚や鯉を擬人化するなどコミカルな戯画が人々の興味を引きつけつつも、国芳は反骨や風刺の精神が強く、「江戸っ子たちのヒーロー」として多くの支持を得ました。
また、西洋画にいち早く注目した人でもあり、「西洋画は真の画なり。世は常にこれに倣わんと欲すれども得ず嘆息の至りなり」という言葉を残しています。
経歴
寛政9年11月15日(1798年1月1日)
江戸日本橋本銀町一丁目(東京都中央区日本橋)に生まれる。
文化8年(1811年)
15歳の時、初代歌川豊国に入門。
天保元年(1830年)
この頃より、武者絵、洋風風景画、美人画、魚類画、風刺画などを描くようになる。
嘉永5年(1852年)
リアリズムとしての忠臣蔵を描くが、打ち切りとなる。
文久元年3月5日(1861年4月14日)
63年の生涯を終える。
代表作
「相馬の古内裏」
1844年頃,千葉市美術館蔵
描かれているのは、山東京伝による読本『忠義伝』のワンシーン。
左の女性は瀧夜叉姫といい、平将門の遺児とされる伝説上の人物です。彼女は妖術を操り、相馬の古内裏に妖たちを集結させて謀反を企てるも失敗、自刃をしました。
最も注目すべきは巨大な骸骨。国芳は西洋の書物を読み込み、解剖学的にも大変忠実にこの骸骨を描き上げました。
三枚続は、普段は独立した一図でも構図が完成することが多かったのですが、この作品はその常識を逸脱した大胆かつ斬新なものでした。
このように、三枚にわたって題材を大きく扱う構図法を用いた作品は、「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」「宮本武蔵と巨鯨」「鬼若丸と大緋鯉」が本図と並んで国芳の代表作とされています。
「宮本武蔵と巨鯨」
宮本武蔵が鯨の背に乗り、勇敢に戦っている様子を描いた作品です。
これは実際に起こった出来事ではなく、所謂伝説として残っているもので、画面一杯に横たわっている鯨と、それに対して全く怯む様子のない武蔵の姿が印象的です。
ここで描かれている鯨は独特の模様と表情から成りますが、これは様々な文献から国芳が捜索し、仕上げていったものとされています。
こちらも先ほど紹介したものと同様、三枚にわたって描かれています。
9.葛飾応為
葛飾北斎の三女として生まれ、同じく浮世絵師として活躍した葛飾応為(かつしか おうい)。葛飾北斎は浮世絵師として天才と称されましたが、応為の腕もなかなかのもの。数は多くないものの、優れた作品を生み出しました。
2015年には彼女を主人公としたアニメ映画「百日紅」が公開され、2017年にはNHKにて同じく応為を主人公としたスペシャルドラマ「眩(くらら)~北斎の娘~」が放送されたりと、現代においても彼女への注目が高まっています。
経歴
生没年不詳。
文化7年(1810年)に描いた『狂歌国尽』の挿絵が初作とされている。
代表作
「吉原格子先之図」
応為の代表作とされるのがこちら。交錯する光と影を巧みに描き、吉原の情景を幻想的に切り取った作品です。
馴染みの客が訪れたのでしょうか、一人の遊女が格子に近寄り、言葉を交わしています。しかしその姿は黒いシルエットとなり、表情を読み取ることはできません。
また、画中の3つの提灯に、それぞれ「応」「為」「栄」の文字が隠されており、落款の代わりとなっています。ここから応為の真筆と確認できるのです。
応為は、美人画においては北斎を超える力量であったと評価されることもあったと伝えられ、北斎晩年の作品制作を補佐していたともされています。
「月下砧打美人図」
江戸時代・19世紀,東京国立博物館蔵
ここで描かれた「砧」とは、「絹板」が変化した言葉。槌で布を打って柔らかくするために用いる木や石の台のことを指します。満月に照らされながら、砧を打つ女性が印象的な作品です。
10.河鍋暁斎
河鍋暁斎は風刺画を描き、幕末から明治にかけて「反骨の人」として知られていました。しかし彼の根底には常に狩野派の精神があり、生涯に渡って忘れることはなかったと言います。
浮世絵師と狩野派絵師という両方の面を持つ彼ですが、研究熱心なその性格から、その他にもジャンルを問わずありとあらゆるものを描きました。
経歴
天保2年(1831年)
現在の茨城県古河市に藩士・河鍋記右衛門の次男として誕生する。
3歳で初めてカエルを描き、7歳で浮世絵師・国芳に入門。
嘉永2年(1849年)
洞白より洞郁陳之の号を与えられる。狩野派の修業を終える。
安政5年(1858年)
狩野派を離れて「惺々狂斎」と号し、浮世絵を描き始める。戯画・風刺画で人気を博す。
明治14年(1881年)
第2回内国勧業博覧会に出品した「枯木寒鴉図」が「妙技二等賞牌」を受賞する。
明治22年(1889年)
胃癌のため、57年の生涯を終える。
代表作
「名鏡倭魂 新板」
明治7(1874)年,イスラエル・ゴールドマンコレクション
中心に描かれている名鏡から強烈な光線が発されている様子。この光を浴びてのたうち回っているのは、洋服を着た悪魔外道たちです。
そう、この制作が行われたのは明治時代の初頭。急速に西洋化し、変わりゆく時代を風刺して描かれたとされています。色鮮やかな色彩に満ちた、迫力ある1枚です。
「髑髏と蜥蜴」
明治2年,個人蔵
髑髏の目から蜥蜴が這い出す姿が印象的なこの作品は、「風俗鳥獣画譜」の中の1枚。恐ろしい雰囲気の中に、どこか蜥蜴の目はコミカルにも見えます。
背景には静かに浮かぶ月。このシンプルな構図に、暁斎は何を伝えようとしたのでしょうか。
11.月岡芳年
歴史絵、美人絵、役者絵、物語絵など、幅広い題材の浮世絵を描いたことで知られる月岡芳年(つきおかよしとし)。
しかし衝撃的な無惨絵の描き手としても知られており、「血まみれ芳年」とも呼ばれています。
また、「最後の浮世絵師」との呼び名を持つ芳年。これは芳年が活躍した期間は江戸から明治へと移り変わる時期であり、浮世絵の需要が失われつつあった当時において、最も大成したことに所以します。
近代的な感覚を多くの人に見せた絵の数々は、大正・昭和に活躍した谷崎潤一郎や江戸川乱歩、三島由紀夫などの文学者にも、様々なインスピレーションを与えたと言われています。
経歴
天保10年3月17日(1839年4月30日)
江戸新橋南大坂町(東京都中央区銀座)に生まれる。(諸説あり)
嘉永3年(1850年)
12歳で歌川国芳に入門、武者絵や役者絵を手掛ける。
慶応2年(1866年)
この頃から、兄弟子の落合芳幾と競作で『英名二十八衆句』を制作。歌舞伎の残酷シーンを集めて描いた。
明治18年(1885年)
代表作『奥州安達が原ひとつ家の図』などが認められ、明治浮世絵界の第一人者に。門人を多く抱える。
1892年(明治25年)6月9日
54年の生涯を終える。
代表作
「英名二十八衆句」
『直助権兵衛』慶応2年(1866年)〜慶応3年(1867年)
血みどろの、無残絵を描いた作品。兄弟子の芳幾との合作であり、28枚のうち14枚を芳年が描きました。
芳年は一時期、神経を病んでいたこともイメージに拍車をかけ、このような無残絵を描いていた印象を強く持っている人も多いようです。
こちらの『直助権兵衛』は、見るからに無残な恐ろしい情景が描かれています。溢れ出る鮮血や飛び出る目玉、床に突き刺さる包丁など、二人の烈しいやり取りがインパクトを与えます。
この印象を作り出しているのが、綿密に計算された構図。狂いのない線。残虐性ばかりに目が行ってしまいそうになりますが、その様式美も素晴らしいものであったことがわかります。
「奥州安達がはらひとつ家の図」
明治18年(1885年)国立劇場蔵
黒塚とも呼ばれる、安達が原鬼婆伝説が元になった作品。安達が原とは現在の福島県二本松市であり、そこに棲み、人を食らっていた鬼婆の伝説です。
画中に広がるのは、包丁を研ぐ鬼婆と、臨月の妊婦が残虐に吊るされた姿。妊婦の纏った赤い布もどこか血をイメージさせ、残虐さが増しているようにも思えます。
この作品は「風紀を乱す」との理由で政府により発禁処分を受けました。
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