ミレーの「落穂拾い」とは?農民の姿を描いた絵画を解説
制作年 | 1857年 |
作品サイズ | 83.5 cm × 110 cm |
所蔵 | オルセー美術館(パリ) |
広々とした畑で3人の農婦が腰をかがめて農作業に勤しんでいる「落穂拾い」は、フランスの画家ジャン=フランソワ・ミレーによって描かれた農民画の傑作です。
写実主義の作品として、美術の教科書にも良く登場し、また車のCMにも使われたこともあるため、多くの人が一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
今回は、はるか地平線まで広がる麦畑の中で懸命に働く農民の姿を描いたこの有名な絵画の背景、反響、そして画家ミレーについて詳しく解説します。
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絵画「落穂拾い」
フランスの画家・ミレーの代表作
「落穂拾い」は、バルビゾン派の代表作の一つに位置付けられているミレーの農民画です。
バルビゾン派とは、19世紀に起こった絵画や文学の自然主義の風潮の中、パリ郊外のバルビゾン村やその周辺に芸術家が移り住み、風景画や農民画を描いた絵画の一派です。
ミレーはパリでコレラ騒動が起こると、幼い子供への感染を恐れ1849年にバルビゾンに移住しました。
そこでコローやルソーといったバルビゾン派の画家達に出会い、「落穂拾い」の他にも「種をまく人」、「晩餐」などの農民画の代表作を描きました。
「落穂拾い」は1857年にサロン・ド・パリに出展され、現在はパリのオルセー美術館が所蔵しています。
この作品とほぼ同じ構図で1853年に描かれた「落ち穂拾い、夏」はミレーの美術館ともいわれる山梨県立美術館に所蔵されています。
農村の貧しい人々を描いた作品
「落穂拾い」は、収穫後の落穂を拾い集める3人の農婦を描いています。
そして3人の農婦の背後には大勢の人が収穫作業に追われ、刈り取った麦が高く積まれており、馬に乗った農場主らしき人物も描かれています。
その収穫の賑わいから遠く離れ、黙々と落ち穂を拾う3人の農婦。
空気遠近法によって農婦と後ろの農民の遠近感が表現されており、大空と大地の自然の中で、懸命に生きている人間の尊厳を感じる作品です。
旧約聖書の一説を絵にした
「落穂拾い」は、ただ人々の姿を描いたのではなく、旧約聖書のルツ記の一説を絵にしていると考えられています。
ルツ記では、未亡人となった”ルツ”が義母のナオミを養うために落穂拾いをし、その畑の持ち主である裕福なボアズと結ばれ、古代イスラエル王ダビデの祖先となるという話です。
「落穂拾い」はこの一説に基づいて農婦を主役として描いていると言われています。
そもそも「落穂拾い」とは?
落穂拾いとは刈り取りの終わった畑に、集めきれず落ちている穀物の穂を一粒一粒拾う作業のこと。
当時は、自らの労働で十分な収穫を得ることのできない貧しい寡婦や貧農の権利として認められた慣行でした。
この慣行は旧約聖書の申命記の中にある
「あなたが畑で穀物の刈り入れをして、 束の一つを畑に置き忘れたときは、それを取りに戻ってはならない。それは、在留異国人や、みなしご、やもめのものとしなければならない。あなたの神、主が、あなたのすべての手のわざを祝福してくださるためである。」
という律法に従ったものです。
バルビゾン村のあるシャイイ地方の農地は肥沃であっため、この慣行が受け継がれ、心ある地主は貧しい農民のためにわざわざ多くの落ち穂を残したと言われます。
落穂拾いの鑑賞ポイント
農民たちのあるがままの姿
ミレーは土地の痩せたノルマンディー地方出身であったため、バルビゾンに移り住んだ後に見た落穂拾いの光景に感銘を受け、この絵を描いたと言われています。
ミレーはバルビゾンに移住した当初から農作業による収穫ではなく、貧しい農民の働く姿に着眼してデッサンを行っています。
このデッサンの多くはルーヴル美術館に所蔵されています。
ミレー自身は、「落穂拾い」についてただ自分が見たままを情景を素直に描いただけとコメントしたと伝えられています。
近景と遠景のコントラスト
この作品の特徴は、背景の色は明るく薄く描かれているのと対照的に、絵の中央に描かれている主役の3人の農婦は落ち着いた濃い色で力強く描かれていることです。
光と影を使って、近景と遠景のコントラストを出すだけでなく、主役の農婦達の顔を明確に描かず、光線を背や肩や腕、手に当てることで浮かび上がらせるように描いたミレー。
貧しいながら力強く生きる生命力を感じさせるミレーの巧みな技法によって評価される作品です。
絵画が発表された当時の反響
政治的プロパガンダであるという批判
貧しい農婦を描いたこの作品は、1857年のサロンに出展した当時は農民の悲惨な生活を訴える政治的プロパガンダと批評され、3人の農婦を「貧困の三女神」と酷評する批評家までいました。
19世紀中頃のフランスは、都会と田舎、そしてブルジョワジーと労働者・農民階級との格差に対する認識が高まっていた時代で、この絵は社会主義思想が主張していると嫌悪する人もいたのでした。
ミレー自身は、農民のあるがままの姿を描き、政治的なメッセージは込めていないとしています。
この当時好評を得ていた絵は、同じ農民画でも都市部のブロジョワジーが思い描く牧歌的な田園風景として明るく理想化されて描かれた絵でした。
ジュール・ブルトン《落穂拾いの女たちの招集》1859年は、官展で1等となり、ナポレオン3世に買い上げられています。
作者のジャン=フランソワ・ミレーとは?
写実主義を代表する画家
本名 | Jean-François Millet (ジャン=フランソワ・ミレー) |
生年月日 | 1814年10月4日〜1875年1月20日 |
農民画で知られるミレーは、農民の姿を理想化することなくリアルに描いたことから、写実主義を代表する画家とも言われています。
写実主義は19世紀中頃にフランスを中心に文学や美術の分野で盛んとなった「現実をあるがままに再現しよう」という芸術様式で、それまでの理想を追い求めるロマン主義への反動として広まりました。
しかし、ミレーは、労働者や農民の地位を訴える政治的な主張をもった暗い印象のある写実主義ではなく、農民を写実スタイルで崇高に描いていることから、いずれの流れとも一線を画する革新的な画家でした。
ミレーは友人に宛てた手紙で、
「結局、農民画が私の気質に合っている。社会主義者とのレッテルを張られることがあったとしても、芸術で最も私の心を動かすのは、なによりも人間的な側面なのだ。たとえ私が全能の芸術家であったとしても、自然や風景や人物像から直接受けた印象の結果以外は絶対に描くまい。」
このように、人間の側面を描きたいという言葉を残しています。
農家に生まれながらも画家の道へ
フランスの北西部ノルマンディ地方の格式ある農家の長男として生まれたミレーは、父親に絵の才能を認められ画家の道を進みました。
その生い立ちから過酷な労働に耐えて暮らす農民の姿を直に知っていたミレーは、貧しくも懸命に大地ともに生きる農民の姿が彼の心を捉え、理想化された姿ではなく写実的で崇高な姿を描きあげたのです。
農家に生まれ育ったミレーだからこそ描ける世界でした。
「種まく人」「晩鐘」などの代表作
作品タイトル | 種まく人 |
制作年 | 1850年 |
所蔵 | ボストン美術館 |
ミレーがバルビゾン時代に描いた農民画の中には、「落穂拾い」の他に「種まく人」「晩鐘」という代表作があります。
日本人によく知られている画家・ゴッホはミレーを敬愛し、特に初期にインスピレーションの源としていました。
ミレーの「種まく人」は、ゴッホによって繰り返し模写されています。
また、ミレーは当初本国フランスに比べ、アメリカでより高い評価を受けました。
貧しいながらも勤勉で敬虔な農民の姿を描いたミレーの農民画は、アメリカのプロテスタンティズムに訴えかけたからだと言われています。
その中でもアメリカで特に評判が高いミレーの作品が「晩鐘」です。
作品タイトル | 晩鐘 |
制作年 | 1957年 |
所蔵 | オルセー美術館 |
ミレーは晩年には多くの風景画を描き、クロード・モネやジョルジュ・スーラなど後世の名だたる有名画家達に大きな影響を与えました。
そのため、印象派の先駆者とも言われています。
ミレーと「落穂拾い」についてもっと知る
ここでミレーと「落穂拾い」についてもっと知ることのできる本をご紹介します。
もっと知りたいミレー 生涯と作品
もっと知りたいシリーズのミレー編。バルビゾン派の画家の中でも最も愛される画家ミレーの初期の作品から晩年の作品まで時系列的にその生涯と代表作を紹介している一冊です。
ミレーは農民画家として有名ですが、ロマン主義を継承し印象派や象徴主義を先取りするような瑞々しい風景画も描いています。
従来のミレー像とは違う視点で、人間的で自由な表現をする感性豊かな画家という切り口で捉えています。
「農民画家」ミレーの真実
画家ミレーを語る時、”ミレー神話”という言葉がでてきます。
ミレー神話は、ミレーの友人で美術評論家のアルフレッド・サンシエが執筆した、ミレーの伝記「ミレーの生涯と作品」で、道徳的で、信仰深く、清貧の農民画家というミレーのイメージが作られ、日本やアメリカでミレーは礼賛されることになったのです。
この本では、ミレー神話の真偽を明らかにし、一からミレーの芸術的価値の真実を見直す一冊です。
ミレーの名画はなぜこんなに面白いのか 種をまく人、晩鐘、落穂拾いミレーの世界を作品でめぐる
ミレーの農村と田園を舞台とする絵は、四季表現を趣む日本人に明治時代から愛されてきました。
ミレーの魅力を楽しいギャラリートーク形式で解説し、年表とともに100点を超えるカラーの図版を掲載している、生誕200年記念に出版された一冊です。
一人の画家の年代を追った作風の変遷が、時代、場所、ライフステージや、家族・友人・アカデミー・他の画家らとの関わりと共に示され、それぞれの絵への理解が深まります。
まとめ
日本でもよく知られるミレーの「落穂拾い」について、落穂拾いの意味から、絵画の背景、反響、そして画家ミレーについて詳しく解説しました。
日本で定着した清貧の農民画家というイメージとは違う、新しい視点でミレーの絵を見直すことにより真のミレーの絵の素晴らしさが楽しめることになるのではないでしょうか。
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