棟方志功とは?仏教や詩に魅せられた版画家が生み出した木板画の世界
女性や菩薩の姿を描いた力強い板画で知られる棟方志功(1903-1975)。
ゴッホのひまわりに感銘を受けて「わだ(我)ばゴッホになる」と油絵画家を志し、その後版画の世界で独自の境地を拓いた芸術家です。
日本の近代画壇での版画の地位を向上させただけでなく、「世界のムナカタ」と称され、20世紀を代表する世界的な芸術家となった棟方。
今回は、彼の生み出した木版画の世界を解説します。
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棟方志功とは?
「木版画の巨匠」と呼ばれる版画家
ゴッホに感銘を受けて油絵画家を志した棟方は、極度の近眼から写生が難しい上に奥行きのある構図が創れず行き詰まっていました。
しかし川上澄生の木版画に感銘を受け、さらに目標とするゴッホが日本の浮世絵を勉強していることを知ります。
日本独自の作風を追究したいと思っていた棟方は、浮世絵=版画がゴッホと結びついたと感じ、「版画こそ日本の芸術である」と確信して油彩画から木版画に転じました。
文字を画面に入れ込み、絵と文字を同次元に扱って統合させた独特の「板画」を確立した棟方は、やがて「木版画の巨匠」として認められていくのです。
仏像や詩の世界を躍動感あふれる構図で表現
棟方が33歳の時、川上澄生の版画に見た画と詩の共演という形について、詩人佐藤一英の長編詩「大和し美し」とのコラボレーションで実現します。
このコラボレーションで、黒と白を基調とした独自の表現スタイルを見出しました。
国画会展に出品されたこの作品が民芸運動の柳宗悦らの目に止まったことが、棟方の転機となります。
民芸運動に参加した棟方は、縄文的、民芸的特質をもった棟方板画と呼ばれる独自の作品を生み、中でも仏教を主題とした多くの傑作を生みだしました。
「無私の心に咲く無名の美」を創作の根本として、素朴な情念や原始の呪術性、広大な宇宙観を簡潔なフォルムで大画面の版画に表現したのです。
「板画」へのこだわり
棟方は、1942年(39歳)から自らの木版画を「板画」と呼ぶようになりました。
「板画」という言葉には、板の性質を大事に扱い木の魂を生み出さなければならないという想いがこめられています。
棟方にとって作品を作り出すことは「木に彫らせてもらう」作業だったのです。
極度の近視にもめげず、眼鏡が板に付くほど顔を近づけてエネルギッシュに板画を彫っていた姿はよく知られています。
「この道より我を生かす道なし、この道をゆく」(武者小路実篤)(武者小路実篤)
この言葉が棟方の座右の銘でした。
棟方志功作品の特徴
彫り方の多彩なバリエーション
棟方は板画の美しさについて「木から生まれる線や、点や、面(それ以外の版画の部分)とから生まれてきます。」と言っています。
彫刻刀で掘った部分が白い点や線となり、残りの板の部分が黒い面となる板画では、彫ることで生まれる白と黒の対比こそ美しいと棟方は感じたのでしょう。
棟方が数多く描いた人物像では、彫刻刀の使い分けによって鋭いストレートな彫り跡やゆるやかにカーブしたソフトな彫り跡など、実に多彩な彫り方をしています。
白と黒のバランスをとるために多様な表現を試みたことが分かります。
画面いっぱいに広がるダイナミックな構図
棟方の板画は、画面いっぱいに広がるダイナミックな構図が有名です。
見れば棟方の作品であるとわかる、骨太で力強い生命力のたぎりを感じさせる独創的な世界があります。
このダイナミックな独創性こそが世界のムナカタとなった理由でしょう。
世界での展示会場のスタッフが、その迫力に「会場を訪れたほとんどの人が棟方の版画の前で唖然としていた。」と当時のことを語っています。
木の肌の質感を生かした彩色バランス
棟方の板画は、木の肌理を生かすため、大胆かつ丁寧に彫り進めた板面上で木の起伏まで正確に写し取るような微細な彩色バランスがとられていることでも有名です。
棟方は、白と黒のバランスから生まれる美しさこそが板画の本質的な美だという信条のもとに数々の傑作を制作しましたが、白と黒だけでは表現し切れない思った時は彩色を施しました。
板の裏から色付けることで版画の線が生きる「裏彩色」という技法を使い、淡く丁寧な色使いを実現したのです。
棟方志功の代表作品10選
勝鬘譜善知鳥版画曼荼羅
制作年 | 1938 |
35歳のとき、青森を舞台とした謡曲「善知鳥」に題材をとった作品です。
31柵のうち9柵を第2回新文展に出品し、特選に輝きました。
官展において版画が受賞を果たした初の快挙を上げ、油絵より芸術性が低いと扱われてきた日本の近代美術界で版画の地位を向上させることに貢献した作品です。
二菩薩釈迦十大弟子
制作年 | 1939 |
文殊・普賢のニ菩薩と釈迦の10人の高弟の姿を、白と黒のコントラストで力強さを表現した作品です。
1955年サンパウロビエンナーレ国際美術展で版画部門最高賞、1956年のヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展にてグランプリの国際版画大賞を受賞した代表作。
東京・上野の博物館で見た興福寺の仏像に着想を得て、1年半の構想の後に縦1mほどの版木を12枚、1週間で彫り上げました。
女人観世音板画巻
制作年 | 1949 |
岡本かの子が戦前「女人ぼさつ」と題して発表した詩を、棟方が板画にした全12柵の作品のうちただ1点だけ黒い面で女体を表現した作品です。
棟方志功にとって長い間温めてきたテーマをほとんど丸刀だけで制作し、技法の上でも新天地を開きました。
1952年にスイス・ルガノ版画展で優秀賞を受賞し、「世界のムナカタ」と呼ばれるきっかけとなった代表作。
晩年にいたるまでに何度か摺られ、さまざまに彩色されたため、その時代時代の棟方が持つ色彩の変化をよく示しています。
美魅壽玖鳥板壁画譜
制作年 | 1950頃 |
棟方は1945年から6年8ヶ月富山県福光に家族と疎開していました。
美魅壽玖鳥板壁画譜(みみずくどりばんへきがふ)は、その疎開時代の作品の一つです。
静と動を同じ画面に共存させた神聖な森の世界が描かれています。
華狩頌
制作年 | 1954 |
棟方の代表作の一つで、日展に初出品するために制作された14枚の版木を使った大作です。
写真家の坂本万七からもらった高句麗遺跡の壁画写真から着想を得て、アイヌの火祭りに東西南北に向かって花矢を放つ儀式を重ねた構図となっています。
土着のプリミティブな躍動感があり、華やかで緊張感溢れる迫力ある作品。
人が弓矢を持たない理由は「心で花を狩る」という棟方の思いからです。
「きれいな心の世界で美を射止めること、そういうものをいいなあと思い、弓を持たせない、鉄砲を持たせない、心で花を狩るという構図で仕事をした。」と語っています。
花矢の柵
制作年 | 1961 |
青森県庁舎の玄関ホールに掲げるために制作された作品です。
アイヌに伝わる儀式をテーマに、自然と人への礼賛を表現しています。
青森から文化を広めたいという意気込みで作られ、心の矢で美しい花を射止める図。
白地に墨を差して重厚感と立体感を表現しています。
御鷹揚げの妃々達々
制作年 | 1963 |
「御鷹揚げの妃々達々」は、青森県弘前市民会館の緞帳原画として鷹揚城(現弘前城)にちなんで制作されました。
踊る四人の妃たちは、右から順に春夏秋冬と弘前の四季を表しています。
緞帳を作る際の構図は原画が基本ですが、配色に関しては原画とは異なっています。
緞帳を制作する際に、棟方が数ある色見本の中から直感的な色彩感覚で次々に配色し、制作されたというエピソードが残されています。
別名の「道標の柵」は「第六回現代日本美術展」での出展時の題名で、この原画は棟方志功記念館で所蔵されています。
弁財天妃の柵
制作年 | 1965 |
大首絵と言われる胸から上の顔の絵は、棟方の代表的な構図の一つで、その中でも傑作と言われています。
背景の赤で弁財天の体の白さをより引き立てているというすばらしい配色が際立っており、棟方のすぐれた色彩感覚がよく表れた作品です。
弁財天は、棟方志功にとって自らの姓のルーツという思いがありました。
「宗像という神社は、どこの国へいっても弁天様なのです。宗像神社というのは、ご承知のように、福岡県宗像郡というところにあります。それで「むなかた」という姓も、九州が最初らしいのです。」(板極道より)
飛神の柵(御志羅の柵)
制作年 | 1968 |
「飛神の柵」は、初め御志羅の柵と題され、のちに改題されました。
幅1m40cm、高さ1m余りの彩色木版画で、鮮やかな色彩とダイナミックな構図が印象的です。
御志羅とは、東北地方に広く分布する民間信仰「おしら様」を意味し、養蚕の神様として家内安全や家運長久を司ることから家々で祀られています。
棟方はおしら様と、縄文文化が栄えた青森の地のプリミティブな生命力、そして青森の夏の夜を彩るねぶた祭の「ねぶた」をイメージした情熱の赤を混ぜ合わせ、青森の幸せと豊かさへの礼賛と祈りを表現しました。
鮮烈な赤から、棟方の故郷への愛と情熱が強く伝わってきます。
版画でありながらたった一枚しか刷らず、生涯大切に棟方が所持していました。
大世界の柵・坤(こん)ー人類より神々へー
制作年 | 1963 |
岡山県の大原美術館に隣接する倉敷国際ホテルの吹き抜けロビーに飾られている棟方の大作です。
木版画としては世界最大の大作(幅12.84m・高さ1.75m)で、上下二段で構成されています。
ホテルのオープンに合わせて大原總一郎(大原美術館創設者大原孫三郎の息子で当ホテルの創設者)が制作を依頼しました。
この作品は、ベートーベンの「第九」「情熱」「皇帝」等の韻律を裸体の中に響かせて神々の芸術への讃歌を版画化したという説や、ピカソの「ゲルニカ」を見た感動を表したものという説などがあります。
当初は「乾坤頌 ー人類より神々へー」という作品名でしたが、この版画の版木の裏面を使って、1970年の大阪万国博覧会の日本民藝館に展示した「大世界の柵<乾>神々より人類へ」という作品を制作したことから、後に改名されたいわれています。
捨身飼虎の柵
制作年 | 1974 |
法隆寺「玉虫厨子」などで有名な「捨身飼虎」のエピソードを促えた作品。
71歳の時に制作した生涯最後の板画作品となりました。
若い頃虎の絵を描くように父親から言われていたのに、なかなか描くことができなかった棟方が、仏教と虎の因縁をみつけて亡くなる1年前に制作したものです。
棟方志功の作品が観られる美術館
棟方志功記念館
青森が生んだ世界に誇る板画家、棟方の文化勲章受賞を讃え1975年に開館した記念館。
2012年に鎌倉市・棟方板画館を吸収合併したことにより、収蔵作品数は国内最多を誇っています。
「二菩薩釈迦十大弟子」を初めとする板画のほか、倭画(肉筆画)・ゴッホに憧憬した油絵・力感に溢れた書などの作品展示に加え、板木を含む関連資料など幅広く紹介しています。
棟方志功記念館詳細
開館時間:9:00~17:00(11月~3月は9:30~)
休館日:月曜日、ただし祝日及びねぶた祭り期間8/2~8/7は開館
入館料: 大人550円 大学生300円 高校生200円 小中学生無料
小平市平櫛田中彫刻美術館
棟方が同じく木を扱う芸術家として尊敬していた彫刻家・平櫛田中(1872~1979)の彫刻美術館です。
棟方は平櫛のことを「先醒(せんせい)」と呼び、平櫛も棟方を「自然人」と呼んでお互いの人柄を愛し交流を深めたと伝えられています。
平櫛が文化勲章を受章した際に棟方が記念に贈った自身の代表作「二菩薩釈迦十大弟子」を見ることができます。
小平市平櫛田中彫刻美術館詳細
開館時間:10:00~16:00
休館日:火曜日、年末年始
入館料: 大人300円 小中学生150円
もっと棟方志功の作品を知ることができる本
棟方志功 わだばゴッホになる
自らの生いたち、ゴッホとの出会いなどを綴った棟方志功の代表的自伝。
棟方が亡くなる前年に日経新聞に連載した『私の履歴書』、戦前の1942年出版の『板散華』の抜粋と代表的な作品画で構成されており、棟方の来歴や性質、版画への深い洞察や想い、ゴッホとのエピソード等を深く知ることの出来る優れた自伝です。
もっと知りたい棟方志功 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
棟方と生活を共にし、その制作風景に接しながら育った棟方志功の孫の石井頼子による棟方の生涯と作品を紹介する本です。
凝り固まった棟方像に一歩踏み込み、「板に彫った一本の線」を極めるために費やした、棟方五十年の画業に迫る一冊です。
板極道
青森に生まれ、「日本のゴッホになる」ことを夢見た少年時代から、板画一筋に生きて世界のムナカタになるまでを綴った自伝。
巻末には付録として草野心平との対談「生命の源泉インドを行く」が収載されています。
まとめ
ゴッホになることを夢見て「版画こそ日本の芸術である」と確信し、油絵から木版画に転じてやがて世界のムナカタとまで呼ばれるようになった日本木版画界の巨匠、棟方志功。
その作品はいずれも力強く生き生きとした印象が強く、ダイナミックな迫力にあふれています。
見る者の魂を静かに、しかし強く揺さぶる棟方志功の世界に是非ひたってみてください。
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