ミニマル・アート抽象画抽象表現主義
ART

カルメン・へレラ 106歳で逝去、89歳でブレイクし現役を貫いた抽象画家

ニューヨークを拠点に活動していた抽象画家、カルメン・へレラ。

2022年2月12日、彼女は55年間暮らしたニューヨークの自宅で永眠しました(享年106歳)。

1940年代から作家活動を開始するものの、彼女の絵が初めて売れたのは2004年、89歳の時でした。

彼女の作品は現在、ニューヨーク近代美術館(MOMA)をはじめ、名だたる美術館に所蔵されています。

死の間際まで芸術に対する情熱を絶やすことのなかったアーティスト、カルメン・へレラの人生と作品について詳しくご紹介します。

 

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89歳でブレイクした遅咲きのアーティスト

100歳を過ぎても現役で絵を描き続けていたカルメン・へレラ。

彼女は1915年5月31日、キューバの首都ハバナに生まれ、その後パリ、ニューヨークに拠点を移し、夫の援助のもとで作家活動を続けました。

89歳という遅咲きのブレイクを経て作品が広く世に認められた後も、抽象表現を追求することを止めませんでした。

 

祖国キューバから、パリ、そしてニューヨークへ

彼女は20代前半まで、キューバの大学で彫刻を学んでいました。

しかし1930年代に起きたキューバの政治的混乱に伴い、夫のジェシー・ローウェンタールとともに祖国を離れ、1939年ニューヨークに移住。

その後、1948〜53年の間を夫とともにパリで過ごします。

パリで当時流行していた、新たな抽象表現を模索する美術展「サロン・デ・レアリテ・ヌーヴェル」に参加し、それが彼女の作風に大きな影響を与えます。

 

1954年、ニューヨークに戻った彼女は、マーク・ロスコ、アド・ラインハート、バーネット・ニューマンなど、抽象表現主義の画家たちと親交を深めながら、自身のスタイルを追求しました。

ニューヨークで展示を開いても作品はなかなか売れず、高校の英語教師だった夫の援助で作品制作を続ける毎日を送っていました。

 

当時、アメリカのアート業界は男性優位で閉鎖的だったため、スペイン語圏出身の女性であるカルメン・ヘレラは、画家として正統に評価されませんでした。

そんな不合理な環境の中にいながらも、彼女は以下のようなコメントを残しています。

自分の好きなように自由にできたのです。

正直なところ、それほど気になったことはない。

ただ、私の時代ではなかったのでしょう。

性別、人種に対する偏見が厳しいニューヨークで、彼女は周囲の価値観に執われることなく創作活動を続けました。

長年彼女を支え続けた夫が2000年に逝去した後も、自身のスタジオで地道に制作を続けます。

 

89歳で迎えた転機

2004年、彼女が89歳の時に大きな転機が訪れました。

ニューヨークのフレデリコ・セーヴ・ギャラリーに展示した作品が大きな話題となり、作品が初めて個人コレクターに販売されました。

その後も順調にアーティストとしての地位を確立していき、2009年にはイギリス・バーミンガムのイコンギャラリーでヨーロッパ初の個展を開催。2010年にはニューヨーク、ロンドン、上海に拠点を構えるリソンギャラリーに出展しています。

 

2015年には彼女の生誕100周年を記念して、映像作家、アリソン・クレイマンが監督を務めるドキュメンタリー『100歳の現役アーティスト』が公開。

2016年9月にはニューヨークのホイットニー美術館で回顧展「Lines of Sight」が開催されました。

 

カルメンが無くなった後も、多くのプロジェクトが進行中です。

2022年5月にはニューヨークのリッソン・ギャラリーで、1970年代の作品に焦点を当てた展示が開催される他、秋にはロサンゼルスのリッソン・ギャラリーのオープン記念として、2016年のホイットニー展で展示された7枚の絵画シリーズ「Days of the Week」が展示される予定となっています。

 

カルメン・ヘレラの作風

幾何学的で洗練された抽象画で知られるカルメン・ヘレラ。

楕円形、三角形、長方形、半円などの幾何学的な図形を組み合わせ、鮮明な色彩の選択で色を2色から3色に絞った強いコントラストが特徴的です。

色や形、要素を極限まで削り落とし、はっきりした色彩の幾何学図形によって構成される現在のスタイルを確立したカルメンは、ミニマルアートの先駆者とも呼ばれています。

ミニマルアートとは

ミニマル・アート(最小限芸術)。視覚芸術において、装飾的・説明的な部分をできるだけ削ぎ落とし、シンプルな形と色を使用して表現する彫刻や絵画。1960年代後半にアメリカ美術にみられた一つの傾向。コラージュを駆使した抽象表現主義を批判的に継承しつつ、抽象美術の純粋性を徹底的に突き詰めた表現方法。

 

直線に対する強いこだわり

キューバの大学で建築を学んでいた彼女は、直線を「すべての構造の始まり」として捉え、直線のバリエーションを追求し続けていました。

カルメンの代表的なシリーズ、「Blanco y Verde」(1959年-1971年)は、白と緑の2色だけを用い、直線の表現を模索した作品です。

鋭いエッジを思いつくまで長い時間がかかりました。

このようなエッジを愛しています。

直線が好きなのです。角度が好きで、秩序が好きです。

私たちが生きるこの混沌の中に何らかの秩序を与えたいのです 。

と彼女は語っています。

 

彼女の作品は現在、ニューヨーク近代美術館(MOMA)、ホイットニー美術館、ワシントンD.C.のハーシュホーン美術館、スミソニアン美術館、ドイツのカイザースラウテルン美術館、ロンドンのテート・ギャラリー、などに所蔵されています。

 

日本での展示

日本国内では、2021年に森美術館で開催された「アナザーエナジー展」で、カルメン・ヘレラが最年長アーティストとして紹介され、巨大な彫刻作品が展示されました。

この彫刻は、「Estructuras」(エストゥルクトゥラス=構造)というシリーズの一つです。

1960年以降に制作されたシリーズで、「彫刻になりたいと叫んでいた」自身の絵画を彫刻にしたと言います。

直線を描くことへの熱意に加え、それを三次元の構造体へ昇華することへの強い思いを体現している作品です。

 

 

映画『100歳の現役アーティスト』

カルメン・ヘレラについてもっと知りたい方にお勧めするのは、2015年に公開されたドキュメンタリー映画『100歳の現役アーティスト』です。

監督を務めるのは、女性監督のアリソン・クレイマン。

彼女は同じく現代アーティスト、艾未未(アイ・ウェイウェイ)のドキュメンタリー映画『アイ・ウェイウェイは謝らない』なども制作しています。

生涯をかけて自身の芸術と作風を追求したカルメン・ヘレラの人生と、芸術観を凝縮させた30分間のドキュメンタリー作品です。

 

 

当時100歳とは思えない、彼女の機敏な動きや制作に向かう姿は、情熱や挑戦に年齢は関係ないという勇気を与えてくれるでしょう。

 

生涯、作品を作りたいという想いが自らの人生を支え、86歳でスターダムにのし上がったアーティスト、カルメン・へレラ。

周りの評価や偏見を恐れず、死の直前まで作品制作を続けた彼女の芸術に対する姿勢は、まだ評価が定まらない若手アーティストにも勇気をもたらしてくれる存在です。

 

 

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