ピエール・ボナールとは?ナビ派の画家が描いた絵画とその生涯を詳しく解説
ピエール・ボナールは19世紀末から20世紀前半にかけて活動した、ナビ派のフランス人画家です。
色彩表現が豊かな画風が特徴のボナールは「色彩の魔術師」と呼ばれ、室内など生活に身近な題材を数多く描いたことから、アンティミスト(親密派)とも呼ばれています。
この記事では、近年再評価のすすむボナールの生涯と、代表作品について分かりやすく解説します。
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ピエール・ボナールとは?
ピエール・ボナール(1867~1947)は、19世紀末のパリで活躍した画家です。
当時主流であった写実主義に反発し、同時代の画家 ポール・ゴーギャンや、日本美術の影響を受けながら、新たな美の創造を目指した芸術家集団「ナビ派」の創始者の1人です。
ナビ派(ナビとはヘブライ語で「預言者」の意味)は「19世紀と20世紀の美術をつなぐ存在」として、近年フランスを中心に再評価されています。
2015年にオルセー美術館で開かれたピエール・ボナール展は51万人の動員を集め、2014年のゴッホ展に次いで歴代企画展入場者数第2位を記録しました。
浮世絵、日本美術を愛した画家
ナビ派の中でも、ボナールは浮世絵などの日本美術の影響を強く受け、「ナビ・ジャポナール」(日本かぶれのナビ)の異名で呼ばれました。
浮世絵に影響を受けた平坦で装飾的な画面構成と、幻想性と非現実性を調和させた柔らかな色彩を効果的に用いた独自の表現様式を確立し、光と華やかさに満ちた画風がボナールの特徴です。
親密派(アンティミスム)の画家としても有名
またボナールは、室内などの日常的な身近な題材を数多く描いたことから、親密派(アンティミスム、装飾性と平面性を融合させた表現様式で、日常の室内生活空間を画題とする作品を手がけた画派)の代表的な画家としても知られています。
妻の入浴する姿を描いた「浴室」(上)などの作品が有名ですが、他にも室内情景、人物画、風景画で優れた作品を残しているほか、石版多色刷りポスターや版画、装飾デザインなども手がけています。
ピエールボナールの生涯
大学で法律を学びながら夜間画塾に通う
1867年、ピエール・ボナールは陸軍省の役人の息子として、フランスのオー・ド・セーヌ県のフォントネー・オー・ローズに生まれました。
ブロジョア階級の家庭の次男として育ち、1887年には父親の希望に従い大学の法学部に入学します。
しかし画家になることを諦めきれず、夜間美術学校、アカデミー・ジュリアンに通いました。
ボナールはこの画塾で、ポール・セリュジエやモーリス・ドニらと出会います。
22歳で官立美術学校に入学、ナビ派を創立
1888年、ブルターニュを訪れたポール・セリュジエは、ゴーギャンの色彩理論に感銘を受け、パリに戻りボナール、ドニとともに「ナビ派」という画家グループを創立しました。
22歳となったボナールは、官立美術学校であるエコール・デ・ボザールに入学し、装飾芸術を得意とした画家、エドゥアール・ヴュイヤールと出会います。
1889年、ボナールはフランス-シャンパン社の商用ポスターの公募で優勝し、これをきっかけに画業を生業とすることを決意しました。
デザイン、挿絵など絵画以外のジャンルでも活躍
1890年、ボナールはエコール・デ・ボザールで開催された日本美術展を見て感銘を受けます。
以後「ナビ・ジャポナール」(日本かぶれのナビ)と呼ばれるほど、ボナールの画風には平面的、装飾的な構成、日本美術の影響がみられるようになります。
この頃のボナールは、フランス-シャンパン社のポスターデザインを多く手がけました。ポスターや本の挿絵、版画の作家としても知られるようになり、舞台美術も手がけています。
妻 マリア・ブールサンとの出会い
1893年(1894年とも)、ボナールは後に妻となるマリア・ブールサン(通称マルト)と出会いました。
マルトとの出会い以降、ボナールの作品に描かれる女性は、ほとんどが彼女をモデルにしています。
晩年
1900年頃になるとゴーギャンの思想の力は衰退し、それと同時にナビ派グループも自然に解散しました。
1903年以降、ボナールはウィーン、ミュンヘンなどの分離派展やサロン・ドートンヌなどに活動の場を広げ、美術雑誌などで大々的に取り上げられるようになり、画家としての確固たる地位を確立していきます。
1925年にはル・カネに自宅兼アトリエを購入し、南仏を拠点に制作活動を続けます。
晩年の作品は色彩の鮮やかさが一層増し、庭の風景、室内情景、静物などの身近な題材を描くようになりました。
フランス以外にも、ニューヨーク、シカゴ、ロンドン、アムステルダムなどでボナールの絵画が展示され、好評を博しました。
1947年、ル・カネで死去しています。
ピエール・ボナールの作品の特徴
平面的な構図
ボナールがパリで画家を志した当時は、浮世絵、陶器など日本の美術品が数多くヨーロッパに渡り、芸術家たちに大きな影響を与えていました。
その代表格として知られているのがゴッホ、モネ、ゴーギャンなどの印象派です。
ゴーギャンら印象派の画家たちの影響を受けて創立されたナビ派も同じく、ジャポニズムの影響を受けています。
ナビ派の中でも「ナビ・ジャポナール」(日本かぶれのナビ)の異名を取るほど、浮世絵などの影響を強く受けたボナールの作品は、遠近法を取り入れない、平面的で奥行きのない構図が大きな特徴です。彼はこの画風を晩年まで貫きました。
明るくはっきりとした色彩
ボナールの絵画は明るく鮮やかな色で描いた作品が多く、南仏に移住して以降はさらに鮮やかさ増していきました。
彼は描きたい風景を撮影し(当時はモノクロのみ)、色をノートにメモした後、アトリエでノートを見返しながら自身の記憶を頼りに描いていました。
風景を目にしたときに感じた最初の印象、その当時の感覚までも再現したいと考えていたボナール。
絵を描き上げる前に一定の時間を空け、何度も色を塗り足し、1枚の絵に何年もかけて完成させることも多かったようです。
やわらかいタッチ
晩年のボナールは、知覚プロセスと絵画の関係の解明に挑み、装飾的な新しい造形表現を模索しました。彼はこれを「視神経の冒険」と呼んでいます。
彼は、「人間の視野は均一ではなく、周縁部にいくほどぼんやりと曖昧になり、また遠くのものは平面的に見え、近くのものは歪んで見える」という、視覚の特性を色彩で表現しようとしました。
そのため彼の絵は全体的に柔らかいタッチで、物と物の境界線が曖昧な、ぼやけた印象を与えます。
しかし同時代の画家、美術批評家からの評価は低く、ピカソはボナールの絵を「不決断の寄せ集め」と批判しました。
近年では「ボナールの作品は私的な空間を描いたものであり、他の画家の絵にはない革新的な価値がある」として、再評価されています。
ピエール・ボナールの代表作品
庭園の女たち(1891)
屏風絵のように縦長4枚のパネルに描いた作品「庭園の女たち(1891)」は、ボナールの日本芸術への傾倒が分かる代表作です。
ボナールの装飾作品の連作の初期のもので、明暗や奥行きのない背景、遠近法を無視した千鳥格子や水玉模様の平面的な描写が特徴的です。
戯れる二匹の犬(1891)
「戯れる二匹の犬(1891)」は、ボナールが飼っていた愛犬を描いた作品で、飾り棚の扉にはめ込まれるパネルとして考案されたものと言われています。
ボナールは犬や猫などを画題とした作品を数多く残していますが、ジャポニズム的要素が最も明確に表れている作品です。
黒い輪郭線で囲まれたプードル犬は、立体感を除外し平面的に描くことでシルエットが強調され、柔らかい巻き毛の描写はまだら模様のような独特な表現で描かれています。
白い猫(1894)
ピエール・ボナール作品の中でも時に人気の高い「白い猫(1894)」。
白い猫がきゅーっと背中を丸めるユーモラスなしぐさを、曲がりくねった線を使い描いた作品です。
習作の時点で、ボナールは足の形や位置を決めるのに長い時間を費やしていたことがわかっています。
X線調査で多くの変化が明らかになっており、その一部は肉眼で見ることができます。
「芸術は自然ではない」という言葉を残したボナール。日常のシーンを装飾的に制作した彼らしい作品です。
浴室の裸婦(1907)
「浴室の裸婦(1907)」は、ボナール絵画の代名詞とも言える「浴室の裸婦」を描いた作品のうちの1つです。
入浴する裸婦は、西欧絵画の歴史においては伝統的な主題、モチーフとして知られています。
ボナールはこの主題に独自のスタイルで挑み、妻のマルトが入浴する姿を300枚以上描きました。
マルトは病弱な上に神経症の気味があり、入浴好きで一日の多くの時間を浴室で過ごしていたと言われています。本作は浴室の裸婦の中では初期のもので、他の作品と比べ色彩が薄めです。
欄干の猫(1909)
デッキの手すりに登る2匹の猫をパステル調の薄めの色彩で描いた「欄干の猫(1909)」。
画面の左下ぎりぎり描かれた人物。右上には柳、中央には欄干とその上に猫が2匹描かれています。
画面の端にモチーフを配置した大胆な構図からは、浮世絵の影響が伺えます。
日常風景を切り取ったボナールらしい作品です。左下の人物は妻のマルトと言われています。
猫と女性(1912)
「猫と女性(1912)」(別名「餌をねだる猫」)は、2018年に国立西洋美術館で開催されたオルセー美術館特別企画「ピエール・ボナール展」のポスターとなった油絵です。
傾いた丸テーブルの後ろに座る人物の構図は、ボナールの作品によく見られますが、この作品は女性の横で片足を上げる猫が食卓の魚をおねだりしている構図で、日常の風景の一画面を捉えています。
女性の表情が曖昧な反面、猫の表情が詳細に描かれ、この絵の主役が猫であることがわかります。
開かれた窓(1921)
ボナールは作品の主題として「窓」を好み、窓越しに南仏の風景を描いた作品を多く残しました。
盟友アンリ・マティスの「開いた窓(1911年)」を所有していたことも知られています。
窓は自然の風景を切り取り、人工的な四角いフレームに固定しますが、その奥にある広がりを想起させます。
この作品では、開いた窓から日が差し込む部屋が描かれ、画面右下に描かれた妻のマルトや猫はほとんど見えず、焦点は窓の外におかれています。
浴室(1925)
「浴室(1925)」(別名「浴槽」)は、妻のマルトが浴室にいる姿を描いた連作のうちの1枚です。
マルトはこのとき50代半ばでしたが、ボナールは妻を若い女性として描写しています。
8種類の色を塗り重ねる手法で、体は浴槽のお湯の中でゆらいでいるような描写となっています。
ヴェルノンのテラス(1920~1939)
この作品は、ノルマンディーとイル・ド・フランスの間のセーヌ川の谷、ヴェルノンにある自宅のテラスを描いた最後の作品です。
ボナールは1912年に自宅を購入してから1939年まで、絵画の主題としてこの家をよく使用しました。
彼が送ったブルジョア生活の要素として、果物、ワイン、仲間たちが描かれ、中央の人物は、自分の内なる世界に集中しています。
画面左を覆う木の幹に対して、3人の女性は曖昧に描かれ、一枚の風景画として成立しています。
浴槽の裸婦と子犬(1941~1946)
「浴槽の裸婦と子犬(1941~1946)」は、浴室の裸婦(妻マルト)を描いた作品の中でも後期のもので、完成までに5年の時間を費やしています。
マルトはこの作品が完成する前の1942年に、72歳で亡くなっています。
前述の浴室よりもさらに色彩が鮮やかになり、マルトの顔ははっきりと描かれず抽象化されています。
ピエール・ボナールの作品を所蔵する美術館
大原美術館(岡山県)
日本初の私立西洋美術館として知られている大原美術館は、「欄干の猫(1909)」を所蔵しています。
「欄干の猫(1909)」は1923年までに大原孫三郎のコレクションとして日本に渡り、1930年の開館時のコレクションの1つとして公開されました。
同館では2018年春に「ナビ派を巡って ─画家達の捧げたオマージュ」を開催。モーリス・ドニやポール・セリュジエ、そしてエドゥアール・ヴュイヤールとともにボナールの絵も展示されました。
大原美術館
住所:〒710-0046 岡山県倉敷市中央1-1-15
営業時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)12月~2月は15:00まで(年末年始は17:00まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は開館)、年末、7月下旬~8月、10月は無休元旦は本館のみ開館
公式サイト:https://www.ohara.or.jp/
新潟市美術館(新潟県)
新潟市美術館は、ボナール絵画の代表作の一つ「浴室の裸婦(1985年)」を所蔵しています。
同館の建築は新潟市出身の有名建築家・前川國男(1905〜1986)が手がけており、コレクション作品はボナールの他、オディロン・ルドン、パブロ・ピカソ、パウル・クレー、オーギュスト・ロダンなどの西洋近代美術、そして、横山操、阿部展也など新潟ゆかりの作家たちを核とした4,700点余りからなります。
新潟市美術館
住所:〒951-8556 新潟市中央区西大畑町5191-9
営業時間:4月9日~9月25日 9:30 ~ 18:0010月12日~令和5年3月31日 9:30~17:00(観覧券の販売は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(祝日または振替休日の場合は開館)展示替え期間年末年始
公式サイト:http://www.ncam.jp/sp/
「ピエール・ボナール」のおすすめ関連書籍
もっと知りたいボナール 生涯と作品
2018年に国立新美術館で開催された「オルセー美術館特別企画 ピエール・ボナール展」に併せて出版された、ボナールの光と色彩あふれる作品の魅力を紹介する一冊です。
ボナールの「絵を生きたものにする」冒険とはどんなものだったのか。
そしてアトリエから見える自然、妻でありモデルのマルト、同時代の画家との交流などがどのように制作に影響を与えたかを、生涯を追いながら紐解いていく一冊となっています。
ボナール
新潮美術文庫は、20×13cmサイズの持ち運びに便利な西洋絵画の画集シリーズのボナール集です。
「朦朧として色彩そのものに魔が棲み、しかも親しみぶかく生の魅惑を呟く。説明することの最も難しいこのフランスの画家を、新たな透徹した見方で捉え、読者に語る。」(出版社コメントより)
まとめ
「19世紀と20世紀の美術をつなぐ存在」として再評価の進むナビ派、その代表格としてボナールは近年再評価されています。
ボナールの作品は生涯を通してよく売れましたが、彼が亡くなった当時は、キュビズムなどの前衛芸術のムーブメントによって、その美術的価値はあまり評価されていませんでした。
そんなボナールの絵について、友人のアンリ・マティスは「ボナールは私たちの時代にとって、そして当然のことながら、後世にとって偉大な芸術家であると私は主張する」と語っています。
日常の風景を題材に、自分の印象をそのまま絵に表現する装飾的な新しい造形表現を模索したボナールの世界をお楽しみください。
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