ドナルド・ジャッドとは?ミニマル・アートの先駆者の生涯と代表作品を詳しく解説
「ミニマリズム」や「ミニマリスト」という言葉は、生活やファッションなど日常生活の様々な場面でよく耳にするのではないでしょうか。
美術の世界での「ミニマリズム」はロシア構成主義を発端として、1960年代にアメリカで大きなムーブメントとなりました。
作品から過度な装飾を省き、最小限の要素で本質を表現することを目的とした芸術運動で、その先駆者として知られているのがアメリカの芸術家、ドナルド・ジャッドです。
ジャッドはそれまでの彫刻表現に革新を起こし、近代彫刻の新たなページを切り開きました。
今回は、ジャッドの生涯と代表作品をご紹介しながら、ジャッドが提唱した「スペシフィック・オブジェクト」とは何なのか、を詳しく紐解いていきます。
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ドナルド・ジャッド とは?
ドナルド・ジャッド(1928-1994)は、1960年代に起こった「ミニマル・アート」と呼ばれるムーブメントの先駆的な作家で、戦後のアメリカ美術に最も影響を与えた芸術家の一人です。
ミニマリズムが脚光を浴びる前、1950年代の美術界は、ジャクソン・ポロックのアクションペインティングに代表されるような抽象表現主義が主流でした。
しかしジャッドは、抽象表現主義の画家たちの感情をぶつけるような表現に異を唱え、作家の感情が反映されやすい絵画作品から離れ、理性的な立体作品の制作を始めます。
ジャッドは作品から物語性や作家の感情といった要素を徹底的に排除し、作品の形や色を最小限まで単純化した、絵画でも彫刻でもない物体「スペシフィック・オブジェクト」を発表しました。
作品の素材にはアルミや銅、プレキシグラスなどの工業製品を使用し、製作は職人やメーカーに設計図を渡して委託するなど、作品が作家の情念や周囲の環境に左右されることなく、作品自体として自律して鑑賞者に向き合うような作品を提示したのです。
ジャッドの著作『スペシフィック・オブジェクツ』(1965)はミニマリズムを代表する美術理論の一つとして知られています。
ジャッド自身はミニマリストとしてレッテルを貼られることを否定していましたが、美術史上ではミニマル・アートの先駆者として認識されています。
理論家のジャッドは、生涯にわたって芸術と芸術表現について数多くのテキストを執筆し、美術評論家としても高い評価を受けています。
ドナルド・ジャッドの生涯
高校卒業後、陸軍に入隊
ドナルド・ジャッドは1928年、アメリカのミズーリ州、エクセルシオールスプリングスで生まれました。
父は民間金融機関の幹部で幸せな家庭に育ち、教師の勧めで11歳の時には美術学校に通い始めています。
高校卒業後は1946〜1947年までエンジニアとして陸軍に入隊・勤務し、朝鮮戦争にも参加しています。
除隊後、美術・哲学を学ぶ
1948年、ジャッドはウィリアム・アンド・メアリー大学に入学し、その後コロンビア大学に編入しました。
夜はニューヨークのアートスチューデントリーグで絵画を学び、哲学の学士号と美術史の修士号も取得しています。
ジャッドは1950年代から抽象表現に興味を持ち始め、風景画や風景に基づいた抽象絵画を制作し、芸術家としての道をスタートします。
美術評論家として頭角を現す
1952年、ジャッドはニュージャージーで最初のグループ展を開催しました。
5年後の1957年には、ニューヨークで抽象表現主義の個展を開催しています。
しかし自身の作品に満足できなかった彼は、自分が展示する価値があると思える作品ができるまで、その後はしばらく個展を開催しませんでした。
ジャッドは在学中から展覧会評を書いていましたが、1959〜1965年のあいだ、美術雑誌で評論を執筆し、批評家として高い評価を得ています。
「自律」できる立体作品を制作
抽象絵画に取り組んでいたジャッドでしたが、やがて抽象表現主義の感情をぶつけるような混沌とした絵画表現と距離を置くようになります。
現代美術を「理性的な領域」に引き戻そうと考えたジャッドは、絵画を「非理性的表現」として否定。1962年には絵画でも彫刻でもない立体作品の制作を開始しました。
彼の立体作品は、床に設置された金属製の箱状のものから、金属製の箱を上積みして構成した「スタック(積み重ね)」シリーズなど、様々な形態に発展していきました。
ジャッドは作品に込められた物語や作家の感情など、「作品そのもの」以外の要素を徹底的に排除するため、作品にアルミやプレクシグラスなどの無機質な産業素材を用い、製作は職人に設計図を渡し委託しました。
作品のタイトルもあえてつけず「無題」とし、
作品単体として自律する純粋芸術を目指した。
とジャッドは語っています。
チナティ財団を設立
1971年、ドナルド・ジャッドは初めてテキサス州マーファを訪れます。
荒涼とした砂漠にたたずむ町マーファを、自分の作品に合っていると気に入ったジャッドは、1977年に家族と共に移住。
1979年にはDIA美術財団の援助を受け、陸軍基地跡の廃屋を含むマーファの広大な砂漠地帯1.4 km²を購入します。
芸術・建築・自然を結び付けて全体を構成することを目標としていたジャッドは、マーファで購入した廃屋を美術館に改装し、砂漠の広大な土地に屋外インスタレーション作品を設置。
ジャッド自身と同時代の芸術家のための非営利芸術財団「チナティ・ファンデーション(Chinati Foundation)」を1986年に設立し、美術館をオープンしました。
当初はドナルド・ジャッド、ジョン・チェンバレン(1927-2011)、ダン・フレヴィン(1933-1996)の3アーティストの作品のみを展示していましたが、現在は11人のアーティストによる12の作品を常設展示し、ガイド・ツアー付きで一般公開されています。
晩年
晩年のジャッドは家具製作やデザイン、建築にも取り組みました。
マーファに移住した時、気に入った家具が見つからなかったため自分で作り始めたことをきっかけに、次第に木製家具の制作に夢中になり、職人を雇って世界中の様々な材料や技術を使って改良していきます。
家具製作の仕事とアートとを明確に区別していたジャッドは、
芸術作品はそれ自体として存在し、椅子は椅子そのものとして存在する
という言葉を残しています。
マーファに移住して以降は作品制作だけでなく、環境活動や土地の保全活動にも熱心に取り組みました。
ジャッドは晩年まで精力的に制作活動を続け、1994年2月12日、ニューヨークにて悪性リンパ腫によりこの世を去りました。
ドナルド・ジャッドの作品の特徴
極限まで単純化された色・形
ジャッドはシンプルな形の箱に色を付けて床に置いたり、規則正しく並べるといった、色や形を極限まで単純化した作品を多く残しました。
1950年代の美術界で主流だった抽象表現主義の、作家の感情や内面をそのままキャンバスにぶつけたような絵画表現を否定し、絵画から立体に移行。
視覚的な要素や物語性を徹底的に排除した立体作品を発表し、鑑賞者が「純化された物体」として作品と直接対峙する体験を生み出しました。
ジャッドはミニマリズムの先駆者として認識されていますが、彼自身はミニマル・アートのレッテルを貼られることには否定的なスタンスを貫いていました。
作品の「自律性」を重視
ジャッドは作品の中に物語性を持たせたり、何かの象徴として関連付けたりする芸術表現を否定しました。
周囲の環境や作者の思いに影響されず、作品が「明確な物体= specific objects」として自律する純粋芸術を目指しました。
ジャッドが作品にタイトルを付けることはなく、ほとんどの作品が「無題」とされているのもそのためです。
キュレーターによって作品が意味づけられたり、時代を俯瞰するような展覧会への出品もジャッドは拒んでいました。
ドナルド・ジャッドの代表作品
テーブルオブジェクト(1967)
ジャッドは作品から作家の痕跡を徹底的に排除するため、アルミや合板など大量生産された規格品の工業素材を使い、作品制作を加工業者に外注しました。
ジャッドが提唱した「スペシフィック・オブジェクト」は、作品の形や色を最小限にまで削ぎ落した結果として残る「絵画でも彫刻でもないひとつの物体」という概念です。
それは鑑賞者の目の前の物体が、今、ただここにあるという純粋なものです。
「テーブルオブジェクト(1967)」は全く同じ構造のオブジェを、アルミニウムとスチールという2つの異なる素材で制作しています。
無題(1968)
「無題(1968)」は、1960〜70年代にかけて制作された箱の上部が凹んだシリーズ作品の一つです。
ジャッドは「凹み」について、
常にエッジのきいた質感に興味があり、板金の厚みを示すことで箱が何が出来ているかを定義する
と語っています。
この作品はアルミニウムに茶色のエナメルで仕上げていますが、同じ形式の作品を真鍮やステンレス・スチールなどでも制作しています。
BOX(1975-1977)
アルミニウムで作られた巨大な箱型の作品「BOX(1975-1977)」は、全米芸術基金とケンタッキー州議会の助成を受け、ノーザン・ケンタッキー大学の依頼で制作された作品で、キャンバスの広場に設置されています。
ジャッドは工業的素材でありながら、加工時にそれぞれ異なる仕上がりになるアルミニウムに興味を持っていました。
のちに彼はこの作品からインスピレーションを得て、テキサス州マーファの巨大倉庫にアルミニウムの同型立方体を100個並べた巨大な屋外インスタレーション作品を制作しています。
無題(1986)
「無題(1986)」は、合板で制作された30個の正方形の箱が等間隔に壁に掛けられたインスタレーション作品です。
箱の中はオレンジや茶や黒のアクリル板が貼られ、ランダムに仕切られています。
しかしランダムに見えていた仕切りは、しばらくすると規則性があるようにも見え、全体な動きも感じられるようになります。
立ち止まったり歩いたりしながら、見る位置によって変化する景色を楽しむことができる作品です。
無題(1989)
「無題(1989)」は、同じ形態・サイズの10個の箱状の物体が床から天井にかけて、等間隔に壁に取り付けられた作品で、高さ4メートルを超えます。
銅とプレキシガラスで構成されており、その鮮やかな赤色は目を惹きます。
作品が台座によって支えられたり、フレームに囲まれたりせず、「自立した物質」として存在することを重視したジャッドは、壁という空間に対しても同様の考えで作品制作に取り組んでいます。
無題(1991)
画家として作家活動をスタートし、色彩への強いこだわりを持ち続けていたジャッド。
1980年代までの彼の作品は素材本来の色に加え1~2色の限定された色が塗られていましたが、スイスのアルミニウムメーカー、レーニ社の塗装技術との出会いをきっかけに、複数の色を用いるようになります。「無題(1991)」はその頃に制作された作品です。
ジャッドは工業用カラーチャートからパターン的な見え方を避けて色を配置しました。
後に「すべての色が同時に存在するようにしたかった」と語っています。
無題:TWELVE WORKS(制作年不明)
「無題:TWELVE WORKS」は、アルミニウム製の12個の立体作品が等間隔に並んだインスタレーション作品です。
ジャッドは、同型の複数のユニットで構成される連続的な作品を数多く制作しました。
12色の異なる色の関係性は、シンプルでありながら複雑なコントラストを生んでいます。
ジャッドは色と形の純粋性を追求し、作者の手を通さずに工業的に仕上げ、構造体自体が自律して存在する「スペシフィック・オブジェクツ」を提唱しました。
オープンサイドチェア84(1982)
ジャッドが本格的に家具を作り始めたのは、1977年、テキサス州マーファへ子供たちを連れて移り住んだ際に、家に備え付けられていたプラスチック製家具が気に入らず、自作を始めたのがきっかけと言われています。
彼が制作した家具は基本的に装飾がなく、ほぼ平面と直線からなる「ストレートデザイン」が特徴です。
テーブル(1990)
合板で制作された「テーブル(1990)」は、ケルン芸術家協会のディレクターのために特別に制作されたものです。
ジャッドのデザインした家具は、現在もマーファの「ドナルド・ジャッド ファーニチャー」で設計図を基にジャッドのオリジナルデザインを再現し受注生産されています。
ドナルド・ジャッドの作品を観ることができる美術館・スポット
ポンピドゥー・センター(パリ)
デザイン・音楽・映画・図書館など近現代の芸術に触れることができるパリの総合文化センター、ポンピドゥー・センター。
ヨーロッパ最大の近現代美術コレクションを誇り、マディス、ピカソ、シャガール、ダリからアンディ・ウォーホル、イヴ・クラインまで近代から現代の作品を鑑賞することができます。
ジャッド作品は、1972年制作の赤のスタックをはじめ、4点の立体作品を所蔵しています。
ポンピドゥー・センター(フランス)
住所 Place Georges Pompidou | Place Georges Pompidou, 75004 Paris, France
営業時間:(月、水、金〜日)11:00〜22:00(木)11:00〜23:00
休日:火曜日、5/1
公式サイト:https://www.centrepompidou.fr
MoMA(ニューヨーク)
「MoMA」の愛称で親しまれているニューヨーク近代美術館。
世界最高の近現代美術コレクションを誇り、パブロ・ピカソ、ジャクソン・ポロック、アンディ・ウォーホルなど近現代芸術に特化した20万点以上の作品を所蔵しています。
ドナルド・ジャッドの作品は、スタックやテーブルオブジェクトなどの代表的な立体作品をはじめ、木版画の連作など100点以上を所蔵しています。
ニューヨーク近代美術館(MOMA)
住所:11 W 53rd St, New York, NY 10019 (5-6th Avenue)
営業時間: 10:30〜17:30(土〜 19:00)
休館日:サンクスギビングデー(11月第4木曜日)、クリスマス (12/25)
公式サイト:https://www.moma.org/
Judd Foundation(ニューヨーク)
1968年、ジャッドはニューヨーク・スプリングストリート101番地の1870年代に建てられた5階建ての建物を購入し、自宅兼スタジオとして使用していました。
マーファに拠点を移して移行も亡くなるまでライヴ・ワークスタジオとして使用していた建物を、美術館として公開しているのが「Judd Foundation」です。
ジャッドの作品から試作品、家具が展示されている他、彼と同年代の作家の作品も展示されています。
現在もジャッド財団によって管理されており、予約すればガイド付きでジャッドの生活空間と制作空間を見学することができます。
Judd Foundation(ニューヨーク)
住所:101 Spring Street, New York NY 10012
営業時間:木曜、金曜、土曜 13:00-17:30
公式サイト:https://juddfoundation.org/programs/aalto-chamberlain/
テート・モダン(ロンドン)
テート・モダンは2000年に開館した新しい近現代美術館で、ピカソやダリの作品から世界の現代美術が幅広く展示されています。
かつて発電所だった巨大な建物を美術館としてリノベーションしており、吹き抜けの展示室や大きな煙突が特徴的。建物自体も楽しめる美術館です。
立体作品や木版画など数多くのジャッド作品を所蔵しています。
テート・モダン(イギリス)
住所:Bankside, London SE1 9TG
営業時間:10:00~18:00(金曜・土曜は10:00~22:00)
休日:12/24、12/25、12/26
公式サイト:https://www.tate.org.uk/visit/tate-modern
静岡県立美術館
1986年に開館した静岡県立美術館。
1992年にはドナルド・ジャッドの日本初の美術館での個展を開催し、ジャッド自身の講演会も行われました。
ジャッドの「スタック(積み重ね)」作品や、木版画を所蔵しています。
静岡県立美術館
住所:静岡県静岡市駿河区谷田53番2号
営業時間:午前10時~午後5時30分(入館は午後5時まで)夜間開館/8月の土曜日/午後8時まで(入館は午後7時30分まで)
休日:毎週月曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は開館し、翌日休館)、年末年始、その他展示替等のための休館日
公式:http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/
東京都現代美術館
1995年に開館し、絵画から彫刻・建築・デザイン・ファッションまで幅広く現代美術に関する展覧会を開催している東京都現代美術館。
美術関係図書27万冊をそろえた美術図書室が特徴で、現代美術の動きを感じることができる美術館です。
ジャッドの代表的なスタック作品のひとつ『無題 1973』を所蔵しています。
東京都現代美術館
住所: 東京都江東区三好4丁目1−1
営業時間:10:00〜18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
休日:月曜日(祝日の場合は翌平日)、展示替え期間、年末年始
公式:https://www.mot-art-museum.jp/
ファーレ立川
1994年、立川の米軍基地跡地にホテルやデパート、オフィスビルなどが建てられた「ファーレ立川」。
その敷地内には、たくさんのコンテンポラリーアートが設置されています。
「街を森に見立てる」というコンセプトのもと、世界36ヵ国92人のアーティストが109の作品を制作しました。
ジャッドは病床で設置する作品の準備を進めていましたが、1994年2月21日に亡くなりました。
この作品がジャッドの遺作となります。
ファーレ立川
住所: 東京都立川市曙町2丁目
公式:https://www.faretart.jp/
「ドナルド・ジャッド」のおすすめ関連書籍
ドナルド・ジャッド 風景とミニマリズム
絵画でも彫刻でもない「スペシフィク・オブジェクツ」を提唱し、一般的にはミニマリズムの作家として知られるドナルド・ジャッド。
オブジェクトから家具まで多岐に渡る作品の物理的構造や形態の変化を辿りながら、作品が設置された土地や風景との関係を掘り下げ、ジャッドの芸術が人工的な風景や光学的構造などに触発されてきたかを説きます。
ジャッドの思考を浮かび上がらせる一冊です。
JUDD
アメリカで30年ぶりに開催されたドナルド・ジャッドの彫刻、建築、家具を紹介する回顧展に合わせて出版された本書。
ジャッドは、キャリアを通して形、素材、制作方法、展示方法へ革命的なアプローチを行い、近代彫刻の分野を一変させたと言われています。
ジャッド財団などで得られるアーカイヴ資料を用いてジャッドの業績を詳細に検討し、学術的な視点を拡大しました。
豊富な図版とエッセイを収録しています。
ミニマリズムの牽引者として周囲から高く評価されていたにもかかわらず、自身の作品が「ミニマル・アート」と単純にカテゴライズされることを否定していたジャッド。
ジャッドの作品や著作に触れると、現在私たちが何気なく使っている「ミニマリズム」という言葉だけでは表すことのできない、もっと計算されたセンスや哲学を感じることができます。
抽象表現主義が主流だった当時のアメリカ美術界に大きな影響を与え、今日の現代アートに通じる功績を残したジャッドの作品に、ぜひ一度触れてみてください。
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