エドゥアール・マネが変えた絵画の歴史、「草上の昼食」など代表的な5作品について詳しく解説
「近代美術の父」と称される画家、エドゥアール・マネ(1832-1883年)。
彼は19世紀半ばに、近代化するパリの情景や人物、生活風景を、それまでの伝統的な絵画技法とは異なる形で表現し、印象派の画家たちとその後の美術史に多大な影響を与えた画家として知られています。
マネの野心的な作品がなければ、今日使われている絵画技法や芸術作品は生まれていなかったかもしれません。
今回はマネの代表作5点を年代順に紹介。マネの作品がそれまでの絵画技法と価値観どのように塗り替えたのか詳しく解説します。
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エドゥアール・マネ(1832-1883年)
エドゥアール・マネ(Edouard Manet)は、王家の血を引く母と高名な法学者の父のもと、パリの裕福な家庭に生まれました。
裕福で政治的なコネクションを持つ両親は、息子が法律の世界で活躍することを期待していましたが、叔父のエドモン・フルニエは、甥をたびたびルーヴル美術館に連れて行き、画家を志すよう促します。
13歳になると、マネはデッサン教室に通うようになりました。
父親は息子のキャリアを考えてフランス海軍に入隊させようとしますが、入隊に2度失敗し挫折。
父親は息子の志を尊重し、マネは歴史画家であるトマ・クチュール(Thomas Couture)のもとで本格的な修業を始めます。
マネは数年間ヨーロッパを旅し、ティツィアーノ、カラヴァッジョ、フェルメール、レンブラント、ベラスケス、ゴヤなどから影響を受けました。
帰国直後の1856年にはアトリエを構え、ジプシーや乞食、カフェにたむろする人々など、写実的な題材を描き続けました。
残念ながら、初期の作品はマネ自身が破棄してしまったのか、ほとんど現存していません。
マネはフランスの画家であるギュスターヴ・クールベ(Gustave Courbet)の流れを汲み、写実主義として出発していますが、その緩い筆致、構図の単純さ、急激な色調の変化は、フランスの王立絵画彫刻アカデミーや批評家から数々の怒りを買うことになります。
初期の代表作「草上の昼食」と「オランピア」(ともに1863年)は大きな話題を呼び、後に印象派を生み出す若い画家たちの起爆剤となりました。
晩年の20年間は、他の画家たちと絆を深めながらシンプルで率直な独自のスタイルを確立し、当時の西洋絵画史に大きな影響を与えました。
「アブサンを飲む男(The Absinthe Drinker, 1859)」
1859年頃、人物画では貴族や王族など高貴な人物を描くことが一般的だった時代。
しかし、マネはそうしたセオリーとは異なる作品を志向し、19世紀フランスの画壇を大きく揺るがすことになります。
ルーブル美術館周辺にたむろし、廃品回収や酒盛りをするアルコール中毒の浮浪者を描いた「アブサンを飲む男」。
この作品はマネの絵画技法が初めて確立された作品であり、通常貴族の肖像画に使われる1.8m×1.2mの大きさで描かれています。
マネがこの作品を当時の師匠だったトマ・クチュールに見せたところ、クチュールは「道徳心を失っている」と言い放ちました。
それでもマネは、フランス王立絵画彫刻アカデミーが開催するサロンにこの絵を出品します。
この絵は、ロマン派の画家ウジェーヌ・ドラクロワ(Eugène Delacroix)を除くすべての審査員から拒絶され、サロンの選考委員たちは不快感を示しました。
サロンで発表された他の多くの作品が緻密でドラマチックに描かれているのに対し、当時マネの作品は無造作で荒削りな印象を与えました。
そのため審査員のブルジョワたちには、「パリの下層社会の哀れな酒飲みを描いた絵」としか捉えられなかったのです。
しかしこの作品には、誇り高く生命力に満ちた人間のリアルな姿が描かれており、若い芸術家たちの興味をそそりました。
作品は現在、コペンハーゲンのニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館に所蔵されています。
「草上の昼食(Le Déjeuner sur l’Herbe, 1863)」
裸体の女性が2人の男性とピクニックしている、一見牧歌的にも見える風景を描いた「草上の昼食」。
当時のサロンでは神格化された美しい女性を描いた作品が高く評価されていたため、服を着た男たちの中に普通の裸の女性を描いたこの作品は、大衆の目には猥雑な作品として映りました。
裸体の女性はこちらをじっと見つめており、すぐそばにドレスが脱ぎ捨てられていることから、娼婦であることが強調されています。
モダニズムの最高傑作であるこの作品は、「アブサンを飲む男」と同様、サロンで激しく拒絶されました。
絵の中に明暗の変化や繊細なグラデーションがなく、はっきりとしたコントラストで描かれたマネの作風は、画題と同様に大ブーイングを受けました。
意図的に奥行きや遠近感を排除して描かれた背景は、リアルを追求した同時代の画家たちの作品とは対照的に、スケッチやコラージュのようにも見えます。
マネが慣習に従うことを拒否し、伝統的な主題や表現方法から新たな自由を獲得したことを物語るこの作品は、「近代美術の始まり」と称されています。
この作品は現在、パリのオルセー美術館に所蔵されています。
「オランピア(Olympia, 1863)」
同じくパリのオルセー美術館に所蔵されているマネの代表作「オランピア」。
マネはこの作品で、女性の裸体という伝統的な主題を、独自のコンセプトで制作しました。
1865年、この作品は神格化された美しい女性の裸体を描いた数々の名画を冒涜するとして、サロンから激しい反発を招きます。
この作品は、イタリアの巨匠ティツィアーノが描いた古代ローマ神話の女神「ウルビーノのヴィーナス」(1534年頃)をモデルに描かれました。
ティツィアーノと同様に、手で陰部を隠し横たわる裸婦が描かれていますが、ティツィアーノのヴィーナスが神秘的であるのに対し、マネの絵には現代的で冷徹な現実が描かれています。
ヴィーナスは娼婦に代わり、その視線で見る者を挑発。髪飾りの蘭や、首のチョーカー、右手に掴んでいるショールなどは、富と官能のシンボルとして。メイドの横にいる黒猫はフランス語で雌猫「chatte」(隠語で女性器を指す)を表すモチーフとして描かれています。
「鉄道(The Railway, 1873)」
マネは印象派の画家たちとも交流がありましたが、彼らよりも年代が上で、歴史画家として先鋭的な存在だったため、印象派グループの一員には属しませんでした。
しかし、この「鉄道」には、はっきりとした筆致や鮮やかな色彩など、印象派の特徴が見てとれます。
マネがこの作品で描いているのは、機関車から吹き出す蒸気に象徴される「工業技術の進歩」です。
機関車を見つめる子供とは対照的に、隣の女性は目もくれず、こちらを虚な表情で見つめる様子が描かれており、工業技術の進歩を後ろ向きに見るというような、歴史的時間を表しています。
この作品は現在、アメリカ、ワシントンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。
「フォリー・ベルジェールのバー(A Bar at the Folies-Bergère, 1882)」
マネが最後に残した傑作「フォリー・ベルジェールのバー」は、彼が梅毒の合併症で亡くなる前年に描かれました。
そうした背景もあり、研究者の間では祝祭を装ったメメント・モリという解釈をされることの多い作品です。
バーには、ワイン、シャンパン、ペパーミント・リキュール、そして赤い三角形のロゴが象徴的なブリティッシュ・バス・ビールなど、魅力的な酒類が並び、背景には歓談するパリのスタイリッシュな人々が描かれています。
賑やかなバーの風景とは対照的に、バーテンダーの女性は悲痛とも言える眼差しと謎めいた表情でこちらを見つめ、不穏な空気を漂わせています。
フォリー・ベルジェールのバーは、パリで娯楽スポットとして最も人気を集めた場所であり、マネは友人たちと頻繁に訪れ、その場でスケッチをしていました。
この作品はそのスケッチをもとに、スゾンという名のバーテンダーをモデルに描かれました。
現在はイギリス、ロンドンのコートールド・ギャラリーに所蔵されています。
マネはフランスの保守的でブルジョワなサロンでの成功を切望し、それまでの常識を覆す斬新な作品を次々と出品ました。
ブルジョワ層から激しい批判を受けながらも、晩年にはようやく彼の功績が評価され、亡くなる2年前にフランス最高の勲章を授与されています。
マネの死後は、クロード・モネの働きにより「オランピア」がフランスのリュクサンブール美術館に所蔵されるなど再評価の熱が高まり、現在の美術市場でも高い人気を誇ります。
美術史に近代美術への歴史的な転換点を作ったマネ。
絵画の常識を塗り替えた彼の野心を感じに、ぜひ本物を見に美術館を訪れてみてはいかがでしょうか。
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