禅とは?その意味と歴史、禅画について詳しく解説
海外でも「ZEN」として親しまれ、日本文化と深い関係にある「禅」。
7世紀頃に中国からもたらされた禅は本来、日本で発展した仏教の一派「禅宗」の教えと、その修行を指す言葉ですが、現代では、瞑想やマインドフルネスに関連する思想として耳にする方も多いのではないでしょうか?
今回は、禅とは何なのか?その意味と歴史、有名な禅語や禅画、禅と関わりのある日本文化について幅広く解説します。
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禅とは?
禅とは、仏教の一派である「禅宗」の教えや思想、その修行のことを指す言葉です。
禅宗の開祖はインド人の仏教僧・菩提達磨(ぼだいだるま)と伝えられています。
仏教用語における禅は、「精神を統一して真理を追究する」という意味のサンスクリット語「ディヤーナ」の音訳「禅那」(ぜんな)の略称です。
禅那(または禅定)とは、修行を通じ心が動揺することがなくなった状態を指し、修行を通して仏教の開祖である釈迦の悟りを追体験することを目指します。
座禅
禅宗では、禅那の境地に至るために、ただ静かに座り続ける坐禅(ざぜん)を修行の中心としています。
坐禅の修行によって、迷いや束縛・執着といった禅の教えに不要となるものを手放し、本来の何もなかった頃の自分に立ち返ることができるとされます。
坐禅の最中は、修行の目的・意味を見出そうとすることや、無心になろうとすることも禁じられています。
スティーブ・ジョブズも禅に傾倒
1890年代、仏教学者・鈴木大拙が禅についての著作を英語で著したことをきっかけに、禅の思想は海外でも広く知られるようになりました。
この世の万物へ感謝する気持ちを持つこと
無駄を省くこと
自らを律することで生き方を見つめ直すこと
など、禅の教えの一部が「マインドフルネス」という名称で海外でも親しまれるようになります。
アップル創業者のスティーブ・ジョブズをはじめとして、Google会長のエリック・シュミットなど、名だたる経営者たちが禅の思想に傾倒。
グーグル、インテル、IBM、フェイスブックなどのIT企業を中心に、社員プログラムにも禅が取り入れられるようになり、一般にも坐禅や瞑想を取り入れる人が増えています。
禅の歴史
インドで誕生し中国で発展
禅宗の開祖とされるインドの僧・菩提達磨は5〜6世紀頃の生まれで、6世紀初めにインドから中国へ渡り大乗仏教を広めた人物とされています。
達摩の面壁九年(達摩がインドから中国に渡り、嵩山すうざん(洛陽の東方にある山)の少林寺に籠もって九年間も壁に向かって座禅を組み続け、悟りを開いたこと)を起源として中国に禅宗が起こり、唐代末期頃(7〜8世紀)から、坐禅を中心に行う仏教の一派を「禅宗」と呼ぶようになりました。
禅宗はその後、唐王朝から宋王朝にかけて発展しました。
鎌倉時代以降、日本で発展
禅の思想が日本に伝わったのは早く、7世紀頃(飛鳥・奈良時代)と言われています。
しかし、仏教の一派として体系的に教えが伝わり、社会的な広がりを見せるようになるのは、鎌倉時代以降になります。
その立役者として知られるのが、天台宗に学び宋に留学した栄西(1141-1215)と道元(1200-1253)です。
禅宗は鎌倉〜室町時代にかけて、幕府や武家社会の支持のもとで発展し、日本仏教の一つとして広く知られるようになりました。
日本の禅宗には25の宗派がある
現在、日本に伝わる禅は25の派れがあり、栄西が広めた臨済宗の中に22派、道元が広めた曹洞宗の中に3派あります。
臨済宗は当時の有力者の間で広まり、喫茶文化(のちの茶道)や建築など、室町文化の形成に大きな影響を与えました。
曹洞宗は、身分に関わらず「誰もが生活の中で実践できる禅の実践」を説き、地方の有力武士や一般庶民にも広まっていきました。
鈴木大拙が世界に発信
海外では、禅宗が生まれた中国以上に「禅=日本文化と深い関係があるもの」として認知されています。
その立役者となったのが、仏教学者 鈴木大拙(1870-1966)です。
鈴木は、昭和初期に禅と日本文化に関する著作を英語で多数発表し、海外で講演を行うなど、禅を世界に広めた人物として知られています。
有名な禅語
看脚下(かんきゃっか)
「看脚下」はよく禅宗寺院の玄関の木札に掲げられている禅語です。
現代では「足元にご用心」「履き物を揃えましょう」という意味で使われます。
禅語としての本来の意味は「自分の足もとをしっかりと見つめ、本来の自分を見失わないようになさい」と解釈されています。
結果自然成(けっかじねんになる)
禅宗の宗派が興隆する様を表現した禅語「一花五葉開 結果自然成」(いっけごようをひらき けっかじねんになる)の一部で、達磨が弟子の慧可に与えた伝法偈(でんぼうげ)の中の一句と伝えられています。
様々な解釈がありますが、主には「結果というものは自然に出てくるものであって、人の思惑や作為から離れたもの」つまり「結果はどうあれ日々の積み重ねそのものが大切」という意味で解釈されています。
処処全真 (しょしょぜんしん)
「処処(あらゆるところ)にあらわれるもの、全てが真実・真理である」という言葉です。
自分自身に向けてこの言葉を解釈し、「偽ったり、飾ったりしてもしょうがない。ありのままの自分自身を認め、いつも本来の自分でいることが大切」という意味で使われます。
日々是好日(にちにちこれこうじつ)
現代語訳をすると「毎日が好日である」という禅語です。
「好日」とは「良い・悪い」の「良い」ではありません。
何が起ころうと、どんな日であれ「それは2度と来ない、かけがえのない1日である」ということです。
自分に起こる出来事をそのまま受け止めることで、感謝を忘れず、毎日を大切に生きられることを教えてくれる禅語です。
一期一会(いちごいちえ)
「一期一会」は中国唐代の禅僧で、臨済宗の開祖となった臨済義玄(ぎげん)の言葉です。
禅語として最も有名なものの一つで、解釈も複数あります。
茶の湯の大成者である「千利休」が重んじたことから、茶道の精神を表す言葉として「今この時は、再び巡ってくることはない。一回一回の出会いを大切にしよう」という意味で広く知られるようになりました。
禅の影響を受けた日本文化
日本庭園
水のない庭に石や白砂を用いて水の流れを表現した枯山水(かれさんすい)庭園は、日本庭園の一種で、禅宗の勢いが盛んになった鎌倉時代に発展しました。
臨済宗の僧侶で作庭家の夢窓疎石(1275-1351)は、禅庭・枯山水の完成者として知られています。
疎石は、中国の禅僧たちが修行を行った深山幽谷の風景を、日本の禅宗寺院の庭に再現しようと考え、山や水のある風景を、水を用いず、石組みや砂利で表現しました。こうした様式を「枯山水」と呼びます。
疎石が設計した西芳寺庭園 、天龍寺庭園はどちらも世界遺産に登録されています。
水墨画
「水墨画」は、中国で唐の時代に成立した墨を使用した画法です。
日本には鎌倉時代に渡来した中国僧によって、禅宗や禅の思想を表す画題とともに伝わりました。
室町時代には、幕府が禅宗を庇護したため禅文化が振興。画題も徐々に日本のものが増えていき、雪舟(1420-1506)や周文(1414-1463)などの画僧が活躍しました。
盆栽
世界で「BONSAI」として知られる盆栽もまた、禅と同じく中国から日本に伝来した文化です。
元々は唐の時代に行われていた、お盆の上に土や砂、石、苔や草木などを配置して自然の景色をつくる盆景(ぼんけい)が、平安時代に日本へ入り発展しました。
盆栽は、禅文化を支えた武士階級の趣味として広く普及し、江戸時代になると一般庶民にも広まりました。
枯山水や山水図と同様に、自然の風景を小さな空間に模して造形するのが特徴です。
日本家屋
禅は日本家屋の建築様式にも影響を与えました。
現在の和室の原型で、畳を敷き詰めた座敷と襖、床の間のある客間を持つ「書院造」(上)は、室町時代に武家の屋敷の典型として広まります。
安土桃山時代には、侘び寂びの美意識を重んじた茶人たちによって、書院造よりさらに小さく簡素な「数寄屋造り」も登場します。
衣服
今でも日常着として愛用されている作務衣(さむえ)の語源は、禅宗の僧侶が日々のお務め(僧の労働)で着る衣という意味です。
現在の形は禅寺の中でも名高い「曹洞宗大本山永平寺」の作務衣がもとになっていると言われています。
芸事
日本の伝統文化として有名な 茶道・能楽・書道 なども、禅が密接に関係しています。
茶道や能楽は禅文化の享受者である武家の嗜みとして、侘び寂びの精神性とともに受け継がれました。
禅僧の書いた書は「墨蹟」(ぼくせき)と呼ばれ、茶道で使う掛け物(掛け軸)として珍重されました。
禅宗のお寺と代表的な作品
龍安寺の石庭
京都市の龍安寺には、イギリスのエリザベス2世が称賛したことで世界的に有名になった枯山水の石庭があります。
龍安寺は室町時代に創建された禅宗のお寺ですが、石庭の正確な築造時期や作者、意図などはわかっておらず、ミステリアスなところも魅力の一つです。
円覚寺「白龍図」
円覚寺は、鎌倉時代に禅に関する学問の中心として隆盛を極めた「鎌倉五山」の中心的なお寺です。
円覚寺の仏殿は1923年に関東大震災で倒壊しましたが、戦後に再建され、天井には前田青邨監修の見事な「白龍図」(上)が描かれています。
建仁寺「風神雷神図」「双龍図」
臨済宗建仁寺派の大本山である建仁寺は、臨済宗を日本に伝えた栄西が開いた京都最古の禅寺です。
室町時代に描かれた俵屋宗達の「風神雷神図」や、平成に描かれた108畳にもおよぶ「双龍図」(下)も見どころです。
黙庵「四睡図」
黙庵は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した禅僧、水墨画家です。
「四睡図」(上)は、禅画の画題の一つで、3人の人物が虎と共に穏やかに眠る姿が描かれています。
加賀藩主前田家伝来の文化遺産を保管する前田育徳会が所蔵しています。
周文「竹斎読書図」
室町時代の画僧・周文(1414-1463)は、雪舟の師とも言われる相国寺(京都)の画僧です。
「竹斎読書図」は、上部に漢詩や賛を書き、下部に水墨画を書く「詩画軸」の構成で、日本的な山水を描いているのが大きな特徴です。
周文の作品であることが確実なものは現在見つかっておらず、本図も周文の作と伝わっていますが、本当の筆者ではない可能性も0ではありません。
雪舟等揚「秋冬山水図」
室町時代の画僧・雪舟(1420-1506)は、周文のもとで水墨画を学びました。
明時代(1368〜1644)の中国に渡り様々な画法を習得。日本独自の水墨画風を確立し、その後の日本画壇に大きな影響を与えた人物です。
「秋冬山水図」は、雪舟の特徴がよく現れた傑作として知られています。
「禅画」とは?
禅宗の画僧が描いた絵の一つに、禅宗で有名な僧侶たちのエピソードや、悟りを開いた場面を描いた絵画「禅機図」(ぜんきず)があります。
江戸時代に入って武家だけでなく一般民衆にも禅宗が広まるようになり、禅宗の画僧たちが、人々が禅の教えを理解しやすいように、禅機図の題材をさらに分かりやすく描いたのが「禅画」です。
禅画の2大巨匠として、松蔭寺(静岡県沼津市)の白隠慧鶴(はくいんえかく)、聖福寺(福岡県福岡市)の仙厓義梵(せんがいぎぼん)が知られています。
2人は民衆に禅の教えを広めるため多くの禅画を残し、ユーモアに溢れた作品は当時から民衆の人気を得ていました。
ここからは、有名な禅画を4作ご紹介します。
有名な禅画
「円相図」仙厓義梵
江戸時代後期に活躍した禅僧・画僧の仙厓義梵(せんがいぎぼん、1750-1837)は、ユーモアに満ちた禅画を数多く残しました。
丸い円は「円満な悟りの境地」を表し、禅宗で古くから好まれてきたモチーフです。
一筆でさらっと描かれた円には「これを茶菓子として食べてしまえ」という賛(画中の文言)が添えられています。
「達磨横顔図」白隠慧鶴
江戸中期に活躍した禅僧白隠慧鶴(1686-1769)は、駿河(現在の静岡県)に生まれ、臨済禅中興の祖として活躍した人物です。
彼も、庶民に禅の教えを解くために禅画を描きました。
白隠は禅宗の祖である達磨をよく描きましたが、本作はその中でも珍しい横顔図です。
「指月布袋画賛」仙厓義梵
楽しそうに空に向かって指さししている、布袋さんと子供を描いた仙厓の作品です。
本作の賛「を月様幾ツ、十三七ツ」から、この禅画の画題が禅の教えである「指月布袋」であることがわかります。
「指月布袋」とは?
月は円満な悟りの境地、月をさす指は経典をそれぞれ象徴しており、はるか彼方の天空にある月を指差す布袋は、「経典学習だけでは禅の悟りには到底到達できず、厳しい修行を通してこそ獲得できるものである」ということを意味する禅の教えです
「○△□」(まるさんかくしかく)仙厓義梵
○△□の図形以外には、「扶桑最初禅窟」(=聖福寺)の仙厓が描いたとする落款があるのみで、禅画の中でも最も難解と言われる作品です。
「丸は円満な悟りの境地を示し、悟りに至るまでの修行の過程を示している」という説と「この世の構成要素を○△□の3つの形で表し、大宇宙を示している」という2説が有力ですが、作品の解釈は未だ定まっていません。
「禅」のおすすめ関連書籍
禅とは何か それは達磨から始まった
日本における禅の歴史を一望できる名著です。
達磨から始まり、臨済禅をもたらした栄西、曹洞禅を広めた道元を皮切りに日本の禅宗に名を残した僧たちに光をあて、その生き様と思想を描いています。
禅
禅と日本文化を世界に広めた仏教学者・鈴木大拙が、英文で海外へ向けて著した論稿を日本語に翻訳・編集した画期的な禅の入門書です。
禅の現代的意義を初め、「悟りとは」、「そもそも禅とは?」について平易な言葉で綴られています。
もっと知りたい禅の美術
雪舟の国宝「慧可断臂図」を初め、国宝になっている「瓢鮎図」(ひょうねんず)など禅画の有名作から、枯山水に代表される禅寺の庭まで、禅に影響を受けた美術・建築をたくさんの画像資料とともに詳しく解説しています。
まとめ
今回は、日本文化に広く影響を与えた禅宗とその思想・歴史について、美術史的観点から詳しくご紹介しました。
日本の生活文化に禅の思想が深く根付いていることが分かっていただけたのではないでしょうか。
知れば知るほど面白い禅の世界。
ぜひ身近なお寺や作品、本を通して禅の思想にふれてみてください。
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