春画とは?北斎など有名な浮世絵作品を紹介
江戸時代の芸術、春画。
少し前までは知る人ぞ知るジャンルの浮世絵でしたが、近年の再評価によって多くの人が存在を知るようになりました。
とは言っても、まだまだ美術館で公開される機会の少ない春画。今回は春画の基礎知識から、代表的な作品までをご紹介します。
見れば見るほど奥が深い、春画の世界をお楽しみください。
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「春画」とは?
「春画(しゅんが)」とは、いわゆる昔の性風俗画のこと。「枕絵(まくらえ)」や「危絵(あぶなえ)」とも呼ばれました。
その起源は古く室町時代から。町人文化が栄えた江戸時代に最盛期を迎え、明治まで続きます。戦国時代には武士がこれを厄除けのお守りとして鎧の中に忍ばせていたのだとか。
春画の使用目的は様々です。町人が自慰目的で楽しむ場合もあれば、姫の嫁入り指南書としても使用されたようです。
江戸時代に入ると一般市民でも手に入るものになり、版画技術の発展によって浮世絵が広く普及すると、現在知られているような春画をまとめた「好色本」が市民から人気を博しました。
好色本は享保の改革によって幕府からの取り締まり対象となってしまいますが、当時の版元・浮世絵師たちは非公開でこれを販売しました。
北斎を始めとする現在でも人気の浮世絵師たちは、本来の屋号とは別の「隠号」を画中に記し、幕府の取り締まりから逃れました。
春画で有名な浮世絵師
「浮世絵の歴史 ≒ 春画の歴史」と言っても過言ではないくらい、春画は江戸の町人文化の中心を占めています。井原西鶴の「好色一代男」を皮切りに、これらのポルノグラフィは町人の人気を多く集めました。
北斎をはじめとする浮世絵師たちは、幕府の取締から逃れるように「隠号」(現代風に言えば裏垢)を利用して春画を描きました。
この隠号というのがまた面白いポイントです。絵師たちは春画にちなんで卑猥な文字を入れた屋号を名乗りました。ここからは、春画で有名な浮世絵師とその隠号をざっくりとご紹介します。
● 葛飾北斎(かつしかほくさい)
隠号:鉄棒ぬらぬら,紫色雁高● 渓斎英泉(けいさいえいせん)
隠号:淫斎白水,淫乱斎● 歌川国芳(うたがわくによし)
隠号:一妙開程芳,三返亭猫好,五猫亭程よし,自猫斎由古野● 歌川国貞(うたがわくにさだ)
隠号:婦喜用又平● 勝川春章(かつかわしゅんしょう)
隠号:腎沢山人● 柳川重信(やながわしげのぶ)
隠号:艶川好信● 歌川広重(うたがわひろしげ)
隠号:色重
先ほど「浮世絵の歴史 ≒ 春画の歴史」とご紹介した意味がお分かり頂けたのではないでしょうか?
そう、現在私たちが知っている浮世絵師たちは、みんな春画を描いていたのです。
西洋の画家達も春画に影響を受けていた?
「ジャポニズム」という言葉に代表されるように、浮世絵がゴッホをはじめとする西洋の画家たちに影響を与えたことはすでに有名です。
「春画」もまた、ピカソといった画家たちに影響を与えたのではないかと言われています。
イギリスでは卑猥だとして当初厳しく輸出を禁止された一方で、その芸術的価値を認めたのは芸術の国フランスでした。
フランスの芸術家・批評家たちはその芸術性を評価し、春画をコレクションしたのです。
当時まだアカデミーが権力を握り、アカデミックな教育が重視されていたフランスの芸術界で、エドゥアール=マネは、正確なデッサンと陰影を用いた古典的な絵画を良しとする芸術界に堅苦しさを感じていた一人。
マネは、放蕩でエロティックな春画を見て衝撃を受け、有名な絵画「草上の昼食」を制作したと言われています。
マネ「草上の昼食」1962年
この作品はその後アカデミーから低俗だとして大バッシングを受けてしまいました。
また、20世紀を代表する画家・ピカソも春画を収集した一人です。春画を元にしたのではないかと言われているドローイングも多く残っています。
ピカソが春画を元にして描いたのではないかと言われているドローイング
左右対称を無視した構図と自由な線で描かれた春画は、それまでの古典的な絵画の常識から西洋の画家たちを解放し、歴史を覆す力を持っていたのかもしれません。
春画の歴史
日本最古の春画
春画の始まりは平安時代。
元々は性的欲求を満たすためのものというよりも、花嫁の性教育テキストとして、また災難除けの一種のお守りとして、用いられていたと言われています。
さらに、商人が蔵の火事を避ける願いを込めて蔵に春画を置いたりもしていたようです。
現存するものとしては『小柴垣草紙』が日本最古の春画と言われていますが、残っているものは江戸時代に作られた写本であると言われています。
また世界遺産の法隆寺の五重の塔の天井裏にも大工が書いたとみられる春画があることが知られています。こちらも火災除けのために書かれたのではと言われています。
戦国時代の春画
室町時代から続く戦国時代では、絵師たちによって多くの春画が描かれるようになっていきました。
当時の中国大陸は明の時代。日明貿易での主要な輸出品の1つである扇子にも春画が描かれていたことが、中国に残る資料からもわかります。
そして桃山時代になる明から春宮秘戯図が伝来して出版されると、さらに春画が盛んに描かれるようになっていきました。
この時代には武士たちは鎧の下に厄除けのお守りとして春画を忍ばせて縁起を担いでいたとも言われており、春画を「勝絵」と呼んで縁起物としていたようです。
江戸時代の春画
江戸時代に入ると、春本といわれる、いわゆる性行為を露骨に描写した読み物が出版されるようになります。
有名な浮世絵作家も多く春画を描いており、春画は庶民たちの間で大きなブームとなっていました。
また井原西鶴の浮世草子や好色一代男が大流行したことにより、好色物というジャンルが流行し、挿絵としての春画もさらに拡大していくことになります。
享保の改革によって好色本が禁止されますが、アングラな闇市場では多く好色本が取引されていました。
逆に規制の対象とならなかった春画はさらに発展し、浮世絵の最高技術が使われた鮮やかな作品が生まれました。
明治時代以降(近代)の春画
明治時代に入ると、それまでの春画とは趣が変わって、ほとんどが「性交表現」のみで構成されるようになりました。
この時期の代表的な春画家である富岡永洗や武内桂舟の春画を見ても、背景が全く描かれていないことからも、意味合いが「エロスの表現」になっていったことが分かります。
また、新たに誕生した明治政府の取り締まりも厳しくなってきており、春画・艶本を前時代的な恥ずべきものとする意識が人々の間で高まっていきました。
明治期以降において春画はその価値を失っていき、次第に下火になっていったのです。
春画の有名作品を画家ごとに解説
春画作品を残した有名作家と、その代表的な作品を解説していきます。
菱川師宣
版画・肉筆浮世絵ともにたくさんの作品を残し、「見返り美人図」を描いた画家としても有名な菱川師宣。
単なる挿絵として使われていただけの浮世絵版画のクオリティーを高め、絵画と呼べるだけのの作品レベルに昇華させた人物です。
菱川師宣も最初は版本の挿絵を描く仕事から絵描きとしてのスタートを切っています。
そして最終的には、春画の好色本だけでも50種類以上の作品を生み出したと言われています。
「床の置物」
『床の置物』菱川師宣,1681年頃
菱川師宣の『床の置物』は大奥での女性達の性事情を面白おかしく描いている春画です。
女性器の寸法を測っているところが描かれていますが、エロスというよりも、この時代の性に対する開放性が良く表れていて面白い作品となっています。
置物とはいわゆるベッドサイドに置いておく夜のおもちゃ的なもの。
いつの時代も変わらない性事情も見て取ることができるのも興味深い春画となっています。
鈴木春信
鈴木春信は江戸時代中期の浮世絵師です。
細身で繊細な表情の美人画を作風としていました。
鈴木春信は多色摺りの「錦絵」が生まれる決定的な役割を果たし、浮世絵の発展に多大な影響を及ぼした人物としても知られています。
この錦絵が一斉を風靡したことにより、多くの錦絵画家が現れました。
司馬江漢や鳥居清長ら多くの浮世絵師に影響を与え、浮世絵黄金期の礎を築いたといっても過言ではありません。
世界的評価も高く、現存する作品のほどんどが海外に存在している状況となっています。
「風流艶色真似ゑもん」
この作品では、それまでの版本の文が主で絵は挿絵程度だったものを逆転させ、絵がメインで和歌など文字を添えるスタイルに変わっています。
鈴木春信が先駆けたこのスタイルは喜多川歌麿や葛飾北斎にも引き継がれ、文字がどんどん減っていき、画本や艶本という形に進んでいきました。
春画も春信の美人画の画風は踏襲しており、繊細で可憐な女性をみごとに描き出しています。
鳥居清長
鳥居清長は葛飾北斎らと並び、六大浮世絵師の1人に数えられる有名作家。
鳥居清長の得意としたのは八頭身の長身美人画で、「美南見十二候」「風俗東之錦」「当世遊里美人合」などの美人画で一世を風靡しました。
今日でも世界的に高く評価されており、ボストン美術館やシカゴ美術館、メトロポリタン美術館など世界各国の早々たる美術館に作品が収蔵されています。
「袖の巻」
『袖の巻』鳥居清長,1785年頃
多くの春画を残した鳥居清長の作品の中で最もよく知られているのが『袖の巻』です。
序文末尾に「自惚」という珍しい印があることからも、鳥居清長自身もこの作品に多大なる自信を持っていたことがうかがえます。
鳥居清長が得意とした大首絵を思わせる豊かな表情と、派手さを抑えた配色で、性の悦びと充足感を味わった人間の本能を描ききった春画の名作の1つとしてとして知られています。
喜多川歌麿
喜多川歌麿は江戸時代に活躍した浮世絵師。錦絵から絵本、肉筆浮世絵まで幅広く手掛けていました。
人気に火が付いたのは美人画。1790年頃に描いていた「美人大首絵」は庶民の間で人気を博していました。
遊女や花魁などを歌麿が描いて世に出すと、その者たちの存在が一気に江戸中に広まって人気者になるということも多かったようです。
その一方で、官能的な美しさを写実的に描いた秘画の肉感のある描写は、表面的な美しさだけでなく、生々しさや汚濁なども加えたリアリティある春画となっています。
「歌満くら」
江戸時代の人気の美人画家であった喜多川歌麿の春画集『歌満くら』。
これは春画の最高傑作ともいわれている作品です。
茶屋の2階にある座敷で睦み合う男女を描いたもので、春画としては露出は少ないながら、画から漂い出てくるような空気感が風情ある雰囲気を醸し出しています。
女性の綺麗なうなじから赤い腰布からのぞく真っ白なおしり、そして女の髪越しにチラリと見える男の目が涼しげです。
葛飾北斎(紫色雁高)
日本の江戸時代後期を代表する浮世絵師の1人、葛飾北斎。
特に『冨嶽三十六景』が有名で、計3万点を超える浮世絵を製作した作家です。
中でも「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」は”日本のアート”として海外でも多くの人気があります。
葛飾北斎と言えば高い芸術性を持った版画というイメージですが、その他に洒落本や読本、版画や肉筆春画なども手掛けています。
「蛸と海女」
この作品は葛飾北斎の代表的な春画で、春画本の『喜能会之故真通』に掲載されたものです。
蛸が海女の女体をもてあそんでいる様子が、画と共に文字でびっしりと書かれています。
文は現代で言うところのいわゆる官能小説のようなもの。
江戸時代がいかに自由な気風であったかが伺い知ることのできる作品です。
歌川国貞(婦喜用又平)
歌川国貞は江戸時代の浮世絵師で、本名は角田庄五郎といい名前を頻繁に変えていました。のちに三代目歌川豊国を名乗っています。
彼は工房を安定させて大量の作品を出版し、浮世絵師の中では一番作品数が多いと言われています。
「浮世名異女図会」「思事鏡写絵」「当世美人合」など春画集も多く出版しています。
「花鳥余情 吾妻源氏」
江戸の当代人気絵師であった歌川国貞が、源氏物語を題材としてパロディ作品である三源氏の作品を創り出しました。
この頃は原作のエロパロディが流行っていたこともあり、歌川国貞はこのほかにも『南総里見八犬伝』のエロパロディとして『恋のやつふぢ』を執筆しています。
渓斎英泉(淫斎白水)
渓斎英泉は江戸時代後期を代表する浮世絵師の1人で、当時の一大勢力であった狩野派に学び、独特の退廃的かつ妖艶な美人画を得意としていました。
美人画だけでなく、風景画の画家としても名を知られる存在であり、歌川広重と共に「木曽街道六十九次」を描いています。
それ以外にも曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』の挿絵も請け負っていたことでも有名です。
また春画や好色本の作品も多数手がけ、多くの作品が残されています。
「閨中紀聞 枕文庫」
艶本として発刊された『閨中紀聞 枕文庫』は、ただの性描写を主とした艶本ではなく、当時の性の医学書・百科事典としての側面を持ち、性器を詳しく絵で解説していたりもします。
そしてまた、性奥義の指南書として当時のハウツー本としての側面も持っており、その内容が多岐にわたることから奇書の中の奇書として知られていました。
江戸で発刊されたものですが、その人気から地方にまで流通していたことも判明しています。
歌川国芳(一妙開程芳)
歌川国芳は江戸時代末期を代表する浮世絵師。
画の題材の豊かさ、斬新な構図と奇想天外なアイデアを力強いデッサンで表現し、浮世絵という枠にはまらない魅力的な作品を多数生み出してた作家です。
風景版画で有名な歌川広重とは同年の生まれで、同時代に活躍していました。
江戸時代末期には幕府によって人情本・艶本の取り締まりが厳しくなる中、幕府を風刺するような浮世絵を発表し、江戸っ子たちに喝采を浴びるような存在でもありました。
「吾妻文庫」
歌川国芳の代表作である吾妻文庫。
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幕末の奇才と呼ばれるた彼の才能が伺える一枚です。
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皆さんも本物の春画を見られるチャンスがあれば、ぜひ注目してみてください。
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